2016年06月18日

読書日記597:ねじまき少女 上



タイトル:ねじまき少女 上
作者:パオロ・バチガルピ
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある日、市場で奇妙な外見と芳醇な味を持つ果物ンガウを手にする。ンガウの調査を始めたアンダースンは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞など主要SF賞を総なめにした鮮烈作。

感想--------------------------------------------------
とある書店でポップが飾られているのを見て、読んでみようと思った本です。数々のSFの名だたる賞を受賞している一方で、日本版は誤訳が多いとの噂もある作品です。ちなみに私が読んだのは第四刷です。

利権を握ろうとする白人たち、利権を奪おうとする中国人、賄賂を潰そうとする虎の異名を取る白シャツ隊の隊長、そして遺伝子改変された新人類であるねじまき少女のエミコー。エネルギーが失われ、疫病の流行と水没の危機におびえる混沌の未来都市バンコクを舞台に、物語ははじまるー。

期待を裏切らない作品です。SFというものが今そこにない何かを真実として読み手に提供する者であるならば、この物語は間違いなく、その試みに成功しています。翻訳SF小説に独特の読みにくさを最初のうちこそ感じますが、慣れてしまえばどうということもなく、どっぷりと未来のバンコクにはまることができます。

本書の主人公はだれか?と聞かれると、非常に難しいのですが、敢えて答えるとするとこの未来都市バンコクなのかと思います。それほどこの都市の描き方が半端ないです。ディテールにこだわった街の描写、街のエネルギー源として働く遺伝子改変された象の一種メゴドント、人類を滅びに追い込みかねない数々の疫病や害虫、猥雑でありながら活気に溢れたバンコクの人々ー。普通に読むだけだと少し読みにくいSF小説くらいにしか感じないかもしれませんが、書き手の事を想像しながら読むと、ここまでの世界を作り上げた著者の想像力と構成力は並大抵の者ではなく、「ここまでできるのか」と感じさせられます。

国、企業、軍ー。お互いに利権を求めてぶつかり合う様々な立ち位置の人間たちの物語は、徐々に徐々にと加速を始めます。しかし、確かに登場人物の内面描写もありますが、和製SFと違ってそこまでの強い悩みや自己に関する葛藤などはありません。あくまでも主人公はエネルギッシュな街、バンコクですね。この街を舞台に選んだのがこの物語の鍵かと感じます。

物語は窮地に陥ったバンコクの虎、の描写で終わります。もちろん下巻も読む予定です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス

2015年11月22日

読書日記567:BEATLESS by長谷 敏司



タイトル:BEATLESS
作者:長谷 敏司
出版元:
その他:

あらすじ----------------------------------------------
今から一〇〇年後の未来。社会のほとんどをhIEと呼ばれる人型ロボットに任せた世界。人類の知恵を超えた超高度AIが登場し、人類の技術をはるかに凌駕した物質「人類未到産物」が生まれ始めた。黒い棺桶のようなデバイスを持つレイシア。彼女こそが人類の理解を超えた超高度AIによって作り出された「人類未到産物」だった。17歳の少年、遠藤アラトはレイシアと出会う。人間がもてあます進化を遂げた人間そっくりの“モノ”を目の前にし、アラトは戸惑い、疑い、翻弄され、そしてある選択を迫られる。信じるのか、信じないのか―。「ヒト」と「モノ」のボーイ・ミーツ・ガール。彼女たちはなぜ生まれたのか。彼女たちの存在と人間の存在意義が問われる。そして、17歳の少年は決断する―。

感想--------------------------------------------------
先日読んだ「あなたのための物語」と同じ著者による作品です。六百五十ページオーバーでさらに二段組み、という相当な分量の作品です。ジャンルで言えばSFです。ライトノベル的な要素もありますね。

いまから百年後の未来、人形ロボットhIEが自然に社会に存在する世の中で、遠藤アラトは少女の姿をしたhIE、レイシアと出会う。圧倒的な力を保有する彼女は人類未到産物と呼ばれる、人の知能を超えたAIによって生み出されたhIEだったー。

ボーイ・ミーツ・ガールという台詞でライトノベル色の強い作品かと思えば、必ずしもそうではありません。確かにレイシアとアラトの関係が物語の主軸ではあるのですが、そこには人と、心を持たない”モノ”との関係性に置き換えられて描かれています。心を持たないレイシアに惚れ込むアラトと、世界を破滅に導きかねない力を持つ”モノ”としてレイシアを見る世の中。その描き方は、創り込まれた重厚な世界観をバックに、濃密に描かれていきます。

世界の創り込み、細部にわたるテクノロジーの描写などは半端ではありません。この世界とテクノロジーの描写には相当な分量が割かれており、少女型hIE同士の死闘というライトノベル的な展開でありながら物語を重厚に感じさせます。特に後半の三百ページはどんどんと物語の緊迫度が増していくため、ページを繰る手が止まらなくなります。一方で前段の三百ページは世界や技術、そして各登場人物の生い立ちに割かれているため、やや冗長に感じます。ここを読みきれれば、最後まではあっという間です。

アナログ・ハックという言葉が一つのキーワードとして出てきます。形に意味を与える事で人に特別な感情を持たせる(ハックする)事、という意味合いで、物語中では”モノ”にしかすぎないhIEに少女の形をとらせることで、アラトの心はアナログ・ハックされている、と指摘をされています。しかし将来的にこのような現象は、きっと起きてくるんだろうな、と感じました。本書はライトノベルのようでありながら世界観とテクノロジーの描き込みが尋常ではないため、後々の世はこのようになるかもしれない、と感じさせるリアルさがあります。人の頭脳を遥かに超える超高度AIが操る世界、という未来像は様々な映画や小説で描かれていますが、そのような世界が実際にくる可能性はきっと高いのでしょう。そのような世界で問題となるであろう人と”モノ”の付き合い方について真剣に描かれていると感じました。

本書に出てくる超高度AIの一つは、「人の問いの定義の曖昧さが超高度AIの限界となる」といった趣旨の事を言っています。これもおそらくそうなのでしょう。人の知能を遥かに超えたAIが現れたとき、人はそのAIに対してどのように接するべきなのか、きっと将来にはそのような問題がでてくるのだと思い、この作品はそれを先取りしているとも感じました。

長大な小説であり、描写も複雑で難解で、ライトノベル?にしては相当に読むには時間のかかる小説ですが、ここまで創り込まれた作品は、あまり知りません。そして最後の終わり方も非常に好きです。SFや未来の世界にじっくりと思いを馳せたい方にはお勧めです。

個人的にはこの小説は十代の時間と集中力が十分にある時期に読む小説だと感じました。この年になると、読み切るだけで大変です。。。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス

2015年11月01日

読書日記565:あなたのための物語 by長谷 敏司



タイトル:あなたのための物語
作者:長谷 敏司
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、ITPテキストで記述される仮想人格“wanna be”に小説の執筆をさせることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である“感覚の平板化”の解決に捧げようとする。いっぽう“wanna be”は徐々に、彼女のための物語を語りはじめるが…。

感想--------------------------------------------------
面白いSFを読みたい!ということでこの本を読んでみました。著者は「楽園」にて第6回スニーカー大賞金賞を受賞しており、他の著書に「円環少女<円環少女> (角川スニーカー文庫)」シリーズ、「BEATLESS」などがあります。

余命半年と宣告されたサマンサは、襲い来る激痛と闘いながら、ITP(Image Transfer Protocol)の研究を続ける。そんなサマンサの研究室には、「お役に立てますか?」と問いかける量子コンピューター上の人格「wanna be」の姿があったー。

難解な表現、膨大な量の文章、克明に描かれる死へと一歩一歩近付いていくサマンサの心情表現、と正直、すらすらと読める本ではありません。特に厳しいのが、余命半年を宣告されたサマンサの心情表現です。死をまっすぐに見つめるサマンサの心情表現が秀逸なために、読み手までもそれに引きずられて死を直視せざるをえず、これが本当にこたえます。「一人の例外もなく死ぬ」という真実と、死の手前で訪れる死期を悟った者の苦痛がサマンサの心を介して読み手に流れ込んできます。本書はITPの平板化の問題に取り組むサマンサの話ですが、それよりも目前に迫った死に苦悩するサマンサの気持ちばかりが印象に残りました。「人はいつかは必ず死ぬ」なんてとても簡単には言えません。

物語の核となるITPや平板化の部分は難解で、一読しただけですが半分も理解できていないのではないかと思います。人という存在は肉体と切っても切れない関係がある事、死に瀕した肉体の苦痛の前では、人は簡単に自分でなくなること、など死を基準として人の生やITP言語で記述された人格について語られているのですが、かなり難度が高いです。

物語の作り込みはしっかりしており、目の前には雨のシアトルが広がりますし、環境セルを身につけた技術者たちや量子コンピューターが立体画像として映し出す””wanna be”の姿が確かにイメージできるのですが、やはりそれらよりも死の苦痛にのたうち回るサマンサの心情が目立ちますね。

難解ですが未来の世界、そして人間と機械の人格の境界点的なものを描いているように感じられ(中途半端な理解ですいません。)SFとしての完成度は高いのですが、死へのイメージが強すぎて、再読は敬遠させられます。エンターテイメントと呼ぶにも厳しく感じました。ただ、世界の作り込み、創造力は非常に高いと感じましたので、別の作品も読んでみようと思います。

最後にとる”wanna be”の決意の意味は、なんとなくですが理解できました。そして仮想人格である”wannna be”の優しさにも。深い本だと思います。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス

2015年08月01日

読書日記551:精霊の守り人



タイトル:精霊の守り人
作者:上橋 菜穂子
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
老練な女用心棒バルサは、新ヨゴ皇国の二ノ妃から皇子チャグムを託される。精霊の卵を宿した息子を疎み、父帝が差し向けてくる刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、バルサは身体を張って戦い続ける。建国神話の秘密、先住民の伝承など文化人類学者らしい緻密な世界構築が評判を呼び、数多くの受賞歴を誇るロングセラーがついに文庫化。痛快で新しい冒険シリーズが今始まる。

感想--------------------------------------------------
本屋大賞を受賞した「鹿の王」の作者、上橋菜穂子さんの作品です。この方の作品は初めて読みます。本書「精霊の守り人」から始まる守り人シリーズがこの方の代表作ですね。

短槍使いの用心棒バルサはひょんなことから精霊の卵を宿した第二皇子チャグムを守ることになる―。

単純明快なストーリー、個性のある登場人物、そして数ある見せ場、とファンタジー小説の王道のような作品です。しかしそれでいて完成度が高く感じられるのは、世界観の構築が緻密になされているからだと思いました。星読博士、天道、ヨゴ皇国、ニュンガ・ロ・イムにラルンガ、サグとナユグ―。本書には様々な独特の概念が登場しますが、その一つ一つがしっかりと作り込まれていて、この物語の世界に息吹を持って根付いています。ここまで作り込むには相当な考証が必要だったと思います。著者は文化人類学者とのことですが、かなり作り込んだのだろうな、と感じました。

世界観の構築とともにもう一つ感じるのは、作者の登場人物全般への愛着です。主人公のバルサをはじめ、チャグム、タンダ、トロガイ師などの登場人物が非常に丁寧に描かれています。これもこの物語の特徴ですね。各登場人物をしっかりと描き、敵役となる狩人も含めて一人もおろそかに扱っていないことがよくわかります。

本書は子供から大人まで楽しめる作品として描かれたとのことですが、これは簡単なようで非常に難しいことだと思います。特に子供は熱中すると自然と登場人物に感情移入して物語を読むようになるので、物語の展開や登場人物の生き方にかなり気をつかう必要があると感じました。そうした意味でも本書は子供にも安心して勧められる本です。本当に、世界観、登場人物をしっかりと作り込んだ上でここまでの作品を築けるというのは、著者の実力を感じさせます。

守り人シリーズは本作を皮切りに何作も続きます。また読んでみようと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価): A
レビュープラス

2015年06月28日

読書日記546:The Indifference Engine by伊藤計劃



タイトル:The Indifference Engine
作者:伊藤計劃
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
ぼくは、ぼく自身の戦争をどう終わらせたらいいのだろう―戦争が残した傷跡から回復できないアフリカの少年兵の姿を生々しく描き出した表題作をはじめ、盟友である芥川賞作家・円城塔が書き継ぐことを公表した『屍者の帝国』の冒頭部分、影響を受けた小島秀夫監督にオマージュを捧げた2短篇、そして漫画や、円城塔と合作した「解説」にいたるまで、ゼロ年代最高の作家が短い活動期間に遺したフィクションを集成。

感想--------------------------------------------------
伊藤計画さんの作品です。「虐殺器官」、「ハーモニー」、「屍者の帝国」と代表作が次々とアニメ映画化されており、SFファンのみならず、伊藤計画の名は一般の人にも知られるようになってきました。

本作は様々なメディアに書かれた伊藤作品を集めた、短編集です。「The Indifference Engine」、「Foxの葬送」、「From the nothing, with Love」といったオリジナルの作品に加え、虐殺器官のプロトタイプとも呼べる「Heavnescape」、「屍者の帝国」の序章などが含まれています。

本書を読んで強く感じるのは、伊藤計画という人は007とメタルギア・ソリッドに対して並々ならぬ思い入れを持っていた、ということです。共通するのは陰謀、潜入、殺人、といったキーワードでしょうか。これらの思い入れは「虐殺器官」に強く継承されていっている、と感じます。

改めて思いますが、伊藤計画の作品では基本的に一人称で語られているため、書かれている内容、戦争に始まり、虐殺、潜入、生まれ変わりなど、の事柄がすべて主観的に、個人的なものとして扱われているように感じます。個人の眼を通して描かれた、どこか歪んだ世界、そしてその世界と自分の距離と関係性。そうしたものが強く描かれ、個人的な体験として感じ取ることが出来ます。書かれている内容が凄惨なため、人によっては読むに耐え得ない箇所もありますが、それでもそこにあるのはこれまでにない世界だと強く感じました。

一方で思うのは、もはやSFという枠組みさえも越えてしまっていると感じます(SFがどういうものか、という定義にもよりますが)。単なるサイエンスフィクションの枠を飛び越え、SF世界における自己の定義や、自己と世界のかかわり方、その世界で自己の生きる意義、などについてまで突き詰めて書かれており、抽象的で哲学のようです。これは007について書かれた「From the nothing, with Love」などで強く感じました。007をこの作品のように「転写機械が残した結果」と考え、そこに意識はない、とする作者の独創性はすごいと感じます。また「Foxの葬送」でも、Foxの生い立ちからここまで深く既存のゲームの枠組みを掘り下げる手法も見事と感じました。

抽象的で哲学的な物語が好きな人はいいのでしょうが、単純な「SF」というものとは一線を画しているため、普通に「小説を読みたい」という人の嗜好とはだいぶ離れているようなきもします。科学的空想が現時となった世界で、その世界の枠組みの中で苦しみ、葛藤する人間。結局はSFといいつつも人間を描くことに主眼を置いているのは伊藤作品のみならず最近のSF作品の大きな傾向かとも感じました。ここら辺りは、「スターウォーズ」や「星を継ぐもの」のように、人は描きつつも主眼を壮大なスペクタクルにおいて描こうとする米国映画との違いを感じもしました。

若くして逝った伊藤計画は今でもSFの星であり、今年に入ってから各作品がアニメ映画化されるに伴い、その輝きはさらに増しているとさえ感じます。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス