2016年10月16日

読書日記614:My Humanity



タイトル:My Humanity
作者:長谷 敏司
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
擬似神経制御言語ITPによる経験伝達と個人の文化的背景との相克を描く「地には豊穣」、ITPによる小児性愛者の矯正がグロテスクな結末を導く「allo,toi,toi」―長篇『あなたのための物語』と同設定の2篇にくわえ、軌道ステーションで起きたテロの顛末にして長篇『BEATLESS』のスピンオフ「Hollow Vision」、自己増殖ナノマシン禍に対峙する研究者を描いた書き下ろし「父たちの時間」の全4篇を収録した著者初の作品集。

感想--------------------------------------------------
あなたのための物語」、「BEATLESS」の作者の本です。全四編からなる作品ですね。短編、ではなく中編集くらいでしょうか。

「あなたのための物語」にでてきた疑似神経制御言語ITPに関連する二編と、「BEATLESS」のスピンオフ的な作品が一編、書き下ろしが一編ですが、私が最も面白く読めたのは「BEATLESS」のスピンオフ、「Hollow Vision」です。宇宙を舞台にしたSFらしい展開が個人的には好きです。「BEATLESS」にも少しだけ出てきた「アストライア」や「オケアノス」が出てくる作品です。

第一編の「地には豊穣」は文化について書かれた作品です。科学と文化を比較し、人が宇宙に飛び出す時代の文化について描かれています。第二編の「allo,toi,toi」は「好き」という感情の正体を探っていく作品ですが、刑務所に収監された少女殺しの犯人の主観がかなり描かれているため、読んでいて厳しい作品と感じました。四編目の「父たちの時間」は自己増殖ナノマシンに相対する研究者の視点で時間について書かれた作品です。ナノマシンと、自分の子供と、父である自分。その共通項である時間についてと、種を残していく中で生殖後はほとんど意味を持たない父の時間について描かれています。

どの作品もこの著者の作品らしく、抽象的で概念的で、理解に非常に時間を要します。好き嫌いが明確に分かれる作品だと思います。SFとは言いつつも描かれているのは未来の人間のあり方がほとんどであり、リアルではあるのですが、ストーリーに救いがないです。近未来の人間の有り様や、技術だけでなく概念的な面の進化や、認識の変化などが描かれているように感じますが、エンターテイメント性は高くなく、あり得る未来の一部をかいま見る作品群、といっていいかと思います。特に最後の作品は、完結はしているのですが、なんとも中途半端に感じました。こうして終わらせるしかないとは思うのですが、何も解決しておらず、ストーリー重視の方には厳しい作品と感じます。

ただ、繰り返しになりますが未来の予測やそこで生きる人間の有り様の描き方には凄まじいものがあります。一文一文が研ぎ澄まされていて、熟読に耐えうる作品です。(その分、読むのがとても大変ですが。)「あなたのための物語」ほどではありませんが、決して万人受けする作品ではありません。それでもきっと、私はこの方の作品を読むだろうな、と思います。今、現実にはない世界をリアルに描き出せる希有な作家さんだと思います。




総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
レビュープラス
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2016年10月01日

読書日記612:わたしを離さないで



タイトル:わたしを離さないで
作者:カズオ・イシグロ
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点。解説/柴田元幸。

感想--------------------------------------------------
名作と呼ばれる作品です。少し前に綾瀬はるかさん主演でドラマ化もされていました。期待をもって読んでみました。

ヘールシャムと呼ばれる施設で生まれ育ったキャシー、ルース、トミー。育つにつれて理解する施設の特異な特徴と、自分たちの使命が、各々の関係と生き方に影を落としていくー。

本書はSFなのですが、SF色はさほど強く感じさせません。キャシー、ルース、トミーの三人の関係性とその生き方、そして運命を受け入れていくまでを描いた、人間の作品と言っていいと思います。あとがきにもありますが、全編、抑制が利いていて、描写が緻密です。そしてその緻密な描写によるリアリティが読者の胸に迫ります。噂通りの名作だと思います。

幸せな幼年時代を送っていた三人。しかし成長するにつれて施設の裏の顔と自分の使命に気付き、そのことが人生に影を落としていきます。そして介護人と提供者になり、人生と向き合わざるを得ない三人。そこで思い出されるのはヘールシャムでの幼年時代です。


”この世界でお互いに共有できる時間がとても短いものであると分かったときに、我々にとって一番大事なものは何でしょうか?この物語が、物質的な財産や出世の道よりも愛や友情そしてこれらを我々が経験したという大切な記憶が本当は価値があるものであると思わせてくれることを願います”


これは「わたしを離さないで」の公式サイトにあった著者の言葉です。この物語はそのSF的な仕掛けばかりに目が行きがちですが、物語の本質はそこではありません。三人が過ごした幸せだった頃の日々、三人の成長と関係、そしてその思い出。それら全てが大切なものなのだ、と言っています。人間はいつしか必ず死にますが、人々は日頃、それを意識する事はありません。しかしこの三人は自分たちの使命から、常に死を意識せざるを得ません。そして、だからこそ三人の日常が思い出が、それは必ずしも楽しい思い出だけではないにも関わらず、輝いて見えます。

「かわいそうな子たち」
キャシーとトミーは物語の最後でそう呼びかけられます。死が宿命づけられた「かわいそうな子」。しかし死が人間の宿命なら、人は必然的にかわいそうな存在なのでしょうね。そしてその死を前に楽しい思い出に涙する主人公のラストは何度も読み返してしまいました。人の人生と、その悲喜が鮮やかに描かれた名作だと感じます。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス

2016年09月24日

読書日記611:血と霧 2 無名の英雄



タイトル:血と霧 2 無名の英雄
作者:多崎礼
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
ロイスが救った少年ルークはオルタナ王家の王子だった。彼に、4年前に行方不明になった娘ミリアムの面影を見るロイス。一方ルークもまた血の分析官になるという夢を抱きはじめる。そうして穏やかな日々を取り戻したふたりだったが、女王シルヴィアと反勢力の対立に巻き込まれたことで状況は一変する。ロイスとルークの過去に秘められた、残酷な真実とは?血に支配された国で葛藤する者たちを描く、贖罪と祈りの完結篇。

感想--------------------------------------------------
一巻の続きとして読んでみました。本巻で物語は一度完結しています。

ロイスが助けたルークはオルタナ家の王子だった。そしてロイスとルークは再び様々な事件に巻き込まれていくー。

本巻は「無名の英雄」、「血の記憶」、「虹の彼方へ」の三章から構成されています。「無名の英雄」が一つの事件を、「血の記憶」がロイスの過去を、「虹の彼方へ」がまとめ的な意味合いの章となります。本巻で最も印象に残ったのは「血の記憶」です。ロイスの過去、グローリア姫との出会いと別れが描かれた章です。心の機微も含めてこの章は読んでいて心に残る箇所もありました。

他の部分ですが、これは上巻の感想にも書いた事ですが、個人的にはやはりどうしても主人公のロイスに感情移入ができません。ルークの事を可愛がっていたかと思うと、突然、逆上して足蹴にしたりします。理由は説明されるのですが、感情の起伏やスイッチの入る箇所が滅裂で、それでいて思い込みや感情、思考の表現描写は多く、若干壊れ気味のような人に思えてきます。これも上巻にも書きましたが、思考表現の描写が過多なのですね。だから危うい人に思えてしまいます。

あとストーリーも個人的にはあまり好きになれませんでした。結局、誰一人幸せにならず、主人公のロイスだけが自己陶酔して終わっている感があります。こんな終わらせ方しかかなかったんでしょうかね…?それこそ主人公が頭を撃ち抜かないのが不思議なほど悲惨な終わり方のような気がしました。

世界観はいいです。相当に創り込んであって、ファンタジーRPGの王道という感じで、とても好きです。でも登場人物が画一的で、ティルダ、ヴィンセント、ロイスなどみんな似たようないい人なので、キャラが十分に立っておらず、せっかくの世界観が生きていないのが残念です。

本巻で一度終結しますが、この後も続くのでしょうか…?世界観はとてもいいので、この後どうつなげていくのか、少しだけ興味はあります。




総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):C
レビュープラス

2016年09月10日

読書日記609:血と霧1 常闇の王子



タイトル:血と霧1 常闇の王子
多崎礼 (著), 中田春彌 (イラスト)
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
血の価値を決める三属性―明度、彩度、色相―による階級制度に支配された巻き貝状の都市国家ライコス。その最下層にある唯一の酒場『霧笛』で血液専門の探索業を営むロイスのもとに、少年ルークの捜索依頼が持ち込まれた。だが両親だと偽る男女は、事件の核心部分を語ろうとしない。価値ある血を持つと思われる少年に自らの過去の因縁を重ねたロイスは調査を始めるが、それは国家を揺るがす陰謀の序章に過ぎなかった。

感想--------------------------------------------------
この方の著書は初めて読みます。面白いSFやファンタジーを読みたい、と思っていたのと、表紙の絵とハードボイルドっぽい雰囲気に惹かれて読んでみました。

巻貝の最下層で探索者として暮らすリロイスのもとには様々な仕事が舞い込むー。

本作で最も魅力的だと感じられたのはその世界観と設定です。巻貝を中心とした国家群、国を仕切る冷酷な女王、その最下層に住む主人公、血の三属性と血の明度によって明確に区別される住民たち、そして血の属性によって異なる特殊能力などなど。世界観とその設定はロールプレイングゲームのようで、ゲーム好きには堪りません。狼男や暴君竜といった言葉も出てきて、この先の世界の広げ方が非常に楽しみです。

一方で残念なのは登場人物の個性や描き方、その関係性です。残念ながら魅力的だと感じられる登場人物が一人もいません。主人公のリロイスは始終不機嫌で、「自分で頭を吹き飛ばした方がマシだ」みたいなことを言っていたり、よくわからないプライドで怒ったり、かと思えばルークには変にやさしかったり、と全く感情移入できません。

そしてその周囲を固めるヴィンセントやルークといったメンバーも、なぜにそこまで下手に出る?と思うくらいにリロイスに気を使っています。また特にリロイスとヴィンセントの関係性はべたべたしていて、気持ち悪いです。世界観はハードボイルドを目指しているのに、キャラクターが浮いてしまっていますね。

また、これだけの世界設定をしているのに物語はさほど前に進みません。三つの章で構成されていますが、「ちょっとした探し物」が多く、世界観を活かしきれていない気がします。これはこの先に期待ですかね。

あと、最後になりますが、文章がやたらと冗長です。リロイスの心情の独白的な台詞や、ルーク、ヴィンセントとの会話が長すぎ、テンポが悪いです。文章を重ねることで却って読み手に伝わりにくくなっていると感じました。

登場人物の中で唯一、なんとか魅力を感じたのはギィですかね。常に冷静な調血師。彼の物語は読んでみたいと思いました。

ここでも評してきたSFの名作と比べるのは酷ですが、ちょっと厳しいです。でも二巻で一区切りのようなので、次巻も読んでみようと思います。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):C
レビュープラス

2016年07月03日

読書日記599:ねじまき少女 下



タイトル:ねじまき少女 下
作者:パオロ・バチガルピ
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジェイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦“種子バンク”を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞などSF界の賞を総なめにした作品。

感想--------------------------------------------------
上巻に続いての下巻です。上下巻あわせて七百ページ程度です。さすがに様々なSF賞を総なめにした作品、誤訳がどうのと言われていましたが、個人的には気にならないほどの面白さです。

ジェイディーの失脚後、一触即発の状態に陥ったバンコク。そしてさらに遺伝子操作された新人類「ねじまき少女」であるエミコの行動により、バンコクの危機は加速するー。

裏で海外企業とつながる西洋人 アンダースン、イエローカードと呼ばれる排斥された中国人 ホク・セン、ジェイディーの後を継いだ女隊長 カニヤ、そして自由を求めるねじまき少女、エミコ。立場の異なる各人の視点が工作しながら物語は展開していくのですが、その速度はどんどんと増していきます。最後の終わり方も壮大です。詳細に創り込まれたディテールの描写と、壮大なスケールで進む物語。これぞSF、こういう世界を体験したいからこそSFを読むのだ、と感じさせます。また、日本のSFと特に違うと感じるのはそのキャラクターの描写です。エミコへの虐待の描写や、ところどころに発揮されるバイオレンス満載の描写は海外SF特有のものと感じました。

本作の特徴は、何と言ってもその独特の世界観です。エネルギーが枯渇し、メゴドント、と呼ばれる象などの力をゼンマイに蓄積する事でエネルギーを獲得し、風土病により農作物が絶滅の危機に瀕し、それを乗り切るための遺伝子改変された農作物が価値を持つ世界。バンコクのごみごみとした風景をバックに、こうした先進的な科学技術をうまく融合させているところが本当にすごいと感じます。いった事はないですが、どう読んでも舞台は熱帯直下の国、バンコクなんですよね。

排斥されたイエローバンド、滅びた周辺諸国、侵略しようとする日米欧の企業群、そしてその中で利権、自由、正義といったそれぞれの目的を持って行動する登場人物たち。最後の最後で重なり、物語を動かす各登場人物。いやあ、面白いです。日本ではそんなに評価が高くないようですが、それが不思議なくらいです。

本書は本屋の店頭ポップを手がかりに買いましたが、こういうあたりがあるから、面白いですね。また面白そうな本を探してみようと思います。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス