2013年04月13日

読書日記409:55歳からのハローライフ by村上龍



タイトル:55歳からのハローライフ
作者:村上龍
出版元:幻冬舎
その他:

あらすじ----------------------------------------------
希望は、国ではなく、あなた自身の中で、芽吹きを待っている。

多くの人々が、将来への不安を抱えている。だが、不安から目をそむけず新たな道を探る人々がいる。婚活、再就職、家族の信頼の回復、友情と出会い、ペットへの愛、老いらくの恋…。さまざまな彩りに充ちた「再出発」の物語。最新長編小説。


感想--------------------------------------------------
村上龍さんの作品です。村上龍さんは「13歳のハローワーク」という、少年少女に世の中にどのような職業があるのか紹介する本を書かれていますが、そのタイトルから本書のタイトルもつけているのでしょうね。対象は定年を間近に迎えた人々、既に定年を迎えた人々が主人公の中編集です。

本作は「結婚相談所」、「空を飛ぶ夢をもう一度」、「キャンピングカー」、「ペットロス」、「トラベルヘルパー」の五編から構成されています。共通点は各話の主人公が定年前後の年代の人々であることですね。金銭的に余裕のある人/ない人、結婚している人/していない人と境遇は様々ですが、皆、どこかに寂しさを抱えています。

定年を過ぎ、自分の人生の先が見え、過去を振り返ることの多くなった各話の主人公達は、金銭的な困窮、見つからない再就職先、孤独、といった様々な悩みを抱えながら暮らしています。これらの悩みはもちろん物語の中だけのことではなく、現実社会にもある問題でもあります。そして彼、彼女はこれらの問題にぶつかり、悩み、苦しみながらも最後には小さな希望を見つけて前を向いて立ちがろうとしていきます。

「村上龍さんの作品らしくない作品だな」というのが読み終えての第一印象でした。最近の作品である「半島を出よ」や「歌うクジラ」を読むとその密度の濃さ、物語に込められた熱量に圧倒されそうになるのですが、本作ではそのようなことがありません。「怒り」というのがキーワードとしてところどころに出ては来るのですが、それくらいで圧倒的な熱量といったものは影を潜めています。これは物語が定年を間近に控えた人々を描いた作品だからかもしれませんが、「歌うクジラ」で感じた読者に目を逸らすことさえ躊躇わせるような密度の濃さはそこまで感じられませんでした。

一方で、各話の主人公の個性の描き方は非常に緻密です。これは村上龍さんが各話の主人公と同世代だからかもしれません。彼らの感じる孤独や困窮がひしひしと伝わってきて、痛いほどです。三十代の私でさえそうなのですから、実際に定年近い人たちは、わが身のように感じてしまい、本当に読むのが辛いのではないかとさえ思ってしまいます。


各話では最後に主人公たちがちょっとした希望を見つけていくのですが、、、私にはこの下りがどうも引っかかりました。何と言うか、、、とってつけたような感じが少ししてしまうのですね。現実ではそんなに希望はないのではないか、と感じてしまいます。

個人的には五編の中では「結婚相談所」が最も好きでした。ちょっとできすぎの物語のような気もしますが、最後に後ろを振り返らずに前に進もうとする主人公の姿が素敵でした。やはり女性のほうがどの年代でも、軽やかにしなやかに生きている気がします。一方で一番辛かったのは「空を飛ぶ夢をもう一度」ですね。困窮度合いが悲惨すぎて目を背けたくさえなりました。

「定年を越えた男女が主人公」ということと、もう一つ、五編の共通点は「飲み物」ですね。アールグレイ、水、コーヒー、プーアル茶、お茶と、飲み物が各話で心を落ち着けるための象徴のような役割を果たしており、同時に各主人公の境遇を象徴するものとして使われています。気分を落ち着け、自分を保つために必要な飲み物。…アルコールではない点がいいですね。作者も飲み物を飲みつつ、この本を書いたのかな、とか考えながら読みました。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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タグ:村上龍
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2012年06月27日

読書日記356:櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。 by村上龍




タイトル:櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。
作者:村上 龍
出版元:ベストセラーズ
その他:

あらすじ----------------------------------------------
村上龍、待望のエッセイ最新刊! 衰退するこの国を襲った未曾有の危機。生かされた私たちに、いま何が問われて いるのか?「絆」という美しい言葉が隠蔽する問題の本質とは? 失われた希望 と欲望の時代に、村上龍が発する痛烈なメッセージ。「同情ではない。怒りだ! 」


感想--------------------------------------------------
希望の国のエクソダス」や「半島を出よ」、「歌うクジラ」など村上龍さんの作品を読むといつも感じるのですが、この方の作品の根底には常に熱いものがありますね。それが何なのか最初のうちはわからなかったのですが、本書を読むことでその正体が怒りなのではないかと思うようになりました。本書「櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている」は「メンズジョーカー」や「すべての男は消耗品である」に掲載されたエッセー集です。

「希望の国のエグゾダス」を読んで以来、この方の世の中の冷静な見方に関心を持っていたのですが、やはりその見方は変わりませんね。世の中を冷酷なまでにシビアに、リアルに見つめています。そしてそのどの見方もが理路整然と説明されており、「確かに」と思わせる論理をも持っています。

日本の世の中については非常にシビアな見方をしている村上龍さんですが、私が一つ非常に面白いと思ったのは「『憂鬱』と『希望』」と題したエッセイの中で、サッカーのメッシ選手やテニスのフェデラー選手やナダル選手の試合を通して、「これからもこういった感動を味わうことが出来るかもしれない」と希望を持った箇所です。確かに世の中には暗いニュースが多いですが、それは世界の一側面だけを現わしており、世界には楽しいことや感動するようなことが現在も多く起きている、ということからも眼を逸らしがちになりますね。確かに世の中はこれからも続くし、きっと悪いことと同じくらい、いいことも起こるのでしょうね。

「村上龍さんの文章の根底には熱い怒りがある」と書きましたが、また一方で文章にはその緻密な論理構成が、表現の隙のなさが、しっかりと描かれています。「歌うクジラ」で特に感じましたが、それはこのエッセー集でも同じですね。読む側が自然と襟を正して読んでしまうような、そんな文章です。もう還暦を迎えられたそうですが、「『差別』と『偏愛』」と題したエッセーにも書かれているように、戦後の高度成長期を経験してきた人間に比べると若い我々の世代はそのパワー自体が足りずに、自然と文章の持つパワーに気圧されてしまうのかもしれません。

こういったパワーの違いは世代の違いもさることながら、国家間でも大きく違うのではないかと感じます。日本は恐らく世界でも最弱でしょうね……。高度成長を経験していろいろな意味で成熟しきったこの国と、現在進行形で成長し続けている国では様々な面でパワーが違い、それが政治、経済など様々な面に現れているのでしょうね。

私は個人的にはこの方の作品は好きです。熱く、どろどろしていて、真っ直ぐで、それでいてどこかに愛がある。読んでいてそんな作品のような気がします。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2011年01月01日

読書日記247:歌うクジラ 下 by村上龍



タイトル:歌うクジラ 下
作者:村上龍
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
知らぬ声に導かれるように、果てしない旅は続く。やがて青い地球を彼方に眺める宇宙空間に想像を絶する告白が。圧倒的な筆力と想像力。村上龍渾身の壮大な希望の物語。


感想--------------------------------------------------
先日紹介した「歌うクジラ」の下巻です。読み終えての感想ですが、非常に難解で読む人を選ぶ作品だとは思いますが、とてもスケールの大きな話ですね。これだけの作品を書き上げるためには相当な熱意と準備が必要なのではないかと思います。

タナカアキラの旅は続く。理想村を通り、安息の洞窟を抜け、とうとう宇宙へ−。

タナカアキラの旅は続きます。タナカアキラが旅の途中で遭遇するのは、理想の姿に行き着いた人類の姿です。SW遺伝子を注入されて不死に近い寿命を得た最上層の住民、完全に棲み分けの行なわれた人間社会、どんな怪我や病気も治療するロボット、根源的な攻撃性から逸脱した人間が住む理想村−。どれも人間の理想の姿なのですが、そこに描かれている人間は皆、好ましいものではなく、嫌悪感さえ感じてしまいます。タナカアキラが最後に宇宙で出会う、不死に近い命を得て、絶大な権力を得た人間でさえ、その姿は哀れであり重力に逆らって動くことさえ出来ません。

そしてそんな人間の姿と対照的だと思えるのが、宇宙から見た「地球の夜明け」の姿です。この「地球の夜明け」を本作ではとても鮮烈に描いています。このシーンが私はとても印象に残りました。無限ともいえる宇宙の中では人間一人の存在などとてつもなく小さい。これは良く言われていることです。しかし、本作の中ではそれでありながらアキラは不安を感じていません。一人のタナカアキラの存在がとても大きく感じられます。

本作、特に後半ではこの世界自体の成り立ちが多くのページを割いて書かれています。人類がどのような変遷を辿って、ここにたどり着いたのか、人間がどのように考えたのか。本作で描かれている人間の姿は今と大きくは変わりません。特権階級は更なる特権を手にし、手にしようとし、下層の人間は生きることで手一杯です。このように人の存在がとても小さく描かれている一方で、主人公のタナカアキラの意思と存在は広大な宇宙の中でも存在感を持っています。

「生きる上で意味を持つことは他人との出会いだけだ」
「生きていたい」
この言葉が私はとても印象に残りました。崩壊しかかっている社会と行き着いてしまった人類。その中でもアキラは生きることに希望を見出し、旅の途中で出会った仲間を思い出します。これこそが人間の本質なのでしょうね。きっとここを、この言葉を作者は描きたかったのではないかと私は思いました。

本作、何度も書きますが性的描写や残酷な場面も多いため決して万人向けの本ではないと思います。しかし、本作を読み終えたときには大きな達成感と心の中に残る何かがあるのではないかと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2010年12月29日

読書日記246:歌うクジラ(上) by村上龍



タイトル:歌うクジラ 上
作者:村上龍
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
2022年のクリスマスイブ、ハワイの海底で、グレゴリオ聖歌を正確に繰り返し歌うザトウクジラが発見された…。そして100年後の日本、不老不死の遺伝子を巡り、ある少年の冒険の旅が始まる。



感想--------------------------------------------------
村上龍さんの作品です。村上龍さんの作品は「希望の国のエクソダス」や「昭和歌謡大全集」、「半島を出よ」などが印象に残っています。特に「希望の国のエグゾダス」はとても印象に残っており、関連本も何冊か買った記憶があります。「新 13歳のハローワーク」などを最近は出版されていましたが、本作は久々の小説ということで期待を持って読みました。

聖歌を歌う鯨から人の寿命を飛躍的に伸ばすSW(Singing Whale)遺伝子が発見された二十二世紀、世の中から隔離された新出島に住むタナカアキラは、サブロウとともに出島を出て旅に出る−。

他の作家とは一味違う、独特な作品です。文化経済効率化運動が生み出した荒廃した近未来の日本を舞台に敬語使いの少年、タナカアキラが隔離された新出島から旅に出るところから物語は始まります。戦闘用ロボットに人の封印された記憶を呼び覚ますメモリアックと呼ばれる装置、SW遺伝子、体表から毒液を分泌するクチチュと呼ばれる新人種など様々な要素が取り入れられた近未来の姿は「ブレードランナー」や「攻殻機動隊」、「EDEN」の世界を思い起こさせます。

文体も独特です「」(かぎ括弧)を一切使わず、反体制の象徴として助詞の使い方を崩し、一つの段落の文章量が非常に多く、380ページ程度の分量なのですがそれよりもはるかに分量が多く感じられます。ストーリーも非常に独特で、性的描写や残酷な描写が多く、しかもそれがリアリティを持って描かれているため万人向けの小説ではないかもしれません。しかし、そんなことが気にならなくなるくらい、本作には作者の「熱」が感じられます。作者の心の中にある何かが非常に熱く感じられるのです。

物語はアキラとサブロウが追われながらもアンという女性や反乱移民の子孫達と合流して未来の日本を旅していきます。しかしその描写には常に閉塞感と緊張感が漂い、物語を読み進めるうちにこの舞台となる国が紛れもなく日本という国が取りうる将来の可能性の一つであることをリアリティを持って読者に感じさせます。

本書は私は非常に読みにくい本だと思います。決してすらすら読める本ではありません。しかし一文一文、一語一語を丁寧に読み、その意味を反芻していくと非常に深いこの作品の世界に浸っていくことができます。物を見て、認識して、理解する。そういった一連の動作さえも省略することなく正確に丁寧に描いているため、そこから生まれるリアリティが半端ないものになっているのです。

不思議な作品です。描かれている舞台は完全なるフィクションの世界なのに、丁寧に読んでいくとその内容がノンフィクション作品や現実をも凌駕するほどリアリティを持って現れてきます。物語の中には一切の妥協やごまかしはありません。物語を先に進めるための会話や軽い言葉の一つも見受けられず非常な重さを持って読み手の前に現れます。超重量級の作品ですね。やはり村上龍さんの作品らしいです。

今の世の中にある小説は比較的軽い小説が多い気がします。読みやすく、簡単に一時の感動を味わえるという意味ではそのような小説でもよいのかもしれませんが、私自身思い起こすと振り返って記憶に残っているのは司馬遼太郎さんや大江健三郎さん、ドストエフスキーといった、本作のように重量を持った作品が多いです。きっと物語の中に、人の心の根幹に影響を与える何かがあるからなのでしょうね。引き続き下巻も読んでみたいと思います。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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posted by taka at 19:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 村上龍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする