2013年05月12日

読書日記415:色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 by村上春樹



タイトル:色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
作者:村上春樹
出版元:文藝春秋
その他:

あらすじ----------------------------------------------
良いニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。


感想--------------------------------------------------
言わずと知れた村上春樹さんの最新作にしてベストセラーです。もはや他の作家さんとは別格の人気をほこる作家さんですね。ノーベル賞の有力候補といわれるだけのことはあります。

大学時代の辛い経験を抱えたまま三十代中盤にさしかかった多崎つくる。恋人の言葉をきっかけに、残されたままになっていた謎を解くために学生時代の友人を訪れる旅に出始める−。

1Q84」の書評でも書いたことですが、この方の作品に対しては「評価する」という言葉自体が似合わない気がします。この方の作品は読み進めていくといつの間にか自分がその物語の中に引き込まれていき、作品自体を主観的に体験しているような気になり、物語を客観的に見る、客観的に「評価する」ということが難しくなるように感じます。読んで驚く作品、感動する作品、凄いと思わされる作品は世の中に少なからずありますが、ここまで「物語の中に引き込む作品」を描けるのは村上春樹さんだけなのではないかと感じられます。

本書の主人公、多崎つくるは学生時代の辛い経験を抱えたまま大人になり、その学生時代の辛い経験を、心の奥底では癒しきることができていません。そしてその痛みの原因を明らかにするための行動にでていきます。私も三十代だからかもしれませんが、本作の主人公:多崎つくるに共感できるところは多くあります。三十代の方は皆、そうかもしれませんね。青春時代に心に負った傷の一つや二つは誰にでもあるでしょうし、それを抱えたままいつの間にか三十代になっている方も多いのではないかと思います。とにかくこれまでのこの著者のどの作品よりも読んでいて没入感の高い作品で、まるでこの世界自体を生きているような気にさえさせられます。


「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」
「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」


本作で最も印象に残った言葉の一つですね。青春時代を思い返したとき、心に抱く感情は人それぞれだと思いますが、いい意味でも悪い意味でも、いまよりもひたむきだったのではないかと思います。そのような青春の全てが消えてしまったわけではなく、ほんの一部かもしれないけれど、そのときの思いの繋がった場所に今の自分がいる−。そんな風にも読める文でした。なんというか、少しノスタルジックになる作品と思います。

本作はこれまでの村上春樹さんの作品と同様、全ての謎が解かれるわけではないですし、明確な結末が提示されるわけでもありません。というか、重要なことは謎の解明や結末の提示といったものではなく、多崎つくるが何を感じたかであり、その多崎つくるの物語を読んだ読者が何を感じたか、なのでしょうね。少なくとも私にはこの物語を通じて多崎つくるは少しばかりの自信と前へ進む勇気を得たように感じられましたし、読み手である私もそのような多崎つくるを見て、自分と重ねることで胸の奥が少しすっとするような感触を得られました。

物語の中に読み手をいざない(リストの『巡礼の年』やレクサス、タグホイヤーの腕時計といった小物がその触媒の役を果たしているのかもしれません)、主人公の体験を通して読者にも追体験させ、新しい世界に読者をも導いて行く−。こんな小説を書ける作家はやはり村上春樹さんしかいないでしょうね。いつになるかわかりませんが、次の作品も楽しみに待つことにします。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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2010年06月26日

読書日記212:1Q84 Book3 by村上春樹



タイトル:1Q84 BOOK 3
作者:村上 春樹
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。
そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。
そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。
私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。


感想--------------------------------------------------
言わずと知れた超大ヒット作「1Q84」のBook3です。並んで買った人も多いのではないでしょうか。本書はまず間違いなく今年上期、第一のヒット作になるでしょうね。ようやく読むことが出来ました。

マンションに閉じこもる青豆と、猫の街で寝たきりの父親に語りかけ続ける天吾。二つの月が浮かぶ世界で二人は巡り会うことができるのだろうかー。

正直、本作のような作品は書評を書くのがためらわれる部分もあります。これだけの大ヒット作で、しかも村上春樹さんの作品だけあって、内容には読み手の解釈に委ねられているところが多々あるからです。読む人によって、感想は実に様々になるでしょうね。まあ、そこは割り切って、自分なりの感想を書いてみたいと思います。

本作は約600ページとただでさえ分厚い本なのですが、一つの段落が非常に長く、ページ数以上の分量を感じさせる、密度の非常に濃い作品でした。先日、紹介したばかりの「Another」の方が700ページ弱とページ数だけで比べると多いのですが、「Another」は割と一つの段落が短いため、さらさらと読むことが出来ますね。一方でこちらの作品はじっくりと読むことができ、読み終わった後に「読んだなあ」という感傷に浸れる作品です。・・・何しろBook3だけでこの分量ですからね。三冊合わせると1500ページ以上になるのではないでしょうか。おそらく分量的にはもっと読んだと感じるかもしれませんね。

 Book1、Book2では青豆と天吾の視点からストーリーが展開されていきましたが、本作ではさらに牛河という青豆を追跡する第三者の視点も加わり、三人の視点が入れ替わりながら物語が展開していきます。任務を遂行し、マンションの一室でじっと息を潜める青豆、寝たきりの父にかたりかけ続ける天吾、青豆を追跡する牛河。そして、彼らの頭上には二つの月が輝きます。
 ただ、本作のみならず村上春樹さんの作品を読んでいると常々思うのですが、この方の作品ではストーリーそれ自体にははあまり意味を持たないのではないかとさえ思えてきます。ストーリー以上に重要なのは何かを象徴するように現れる様々な不思議な存在たちのような気がします。本作では、空気さなぎ、リトルピープル、マザとドウタ、猫の街、NHKの集金人、そして空に浮かぶ二つの月ですね。これらが何を意味して何を象徴するのか?それは最後まで読んでもはっきりとは理解できません。また、理解する必要さえない気がします。それらはただそこに存在する、というだけで十分なのだと思います。

 物語の進みは決して速くはないのに、不思議と読んでいても飽きがくるということはありません。それは読み進めていくうちに物語の世界に、村上春樹の世界にどっぷりと浸れるからでしょう。小説というものが書き手の内なる世界を、文章を通して読み手に伝えるものだとするならば、読み手が触れる村上春樹の内面世界は深く、濃密で、精緻で、表情豊かで、独特で読み手を魅了します。それは書き手が手を抜くことをいっさいせずに、丁寧に丹念に自分の内面の世界を文章を通して読み手に伝えようとしているからに他なりません。そう言う意味では実に上手く自分の内面世界を我々読み手に伝えてくれます。そしてこれも本作に限らず村上春樹さんの全ての小説に共通するのですが、読み終わった後に、不思議と清々しい感動を感じることが出来ます。

 このような不思議な作品を書くことが出来る人は、おそらく村上春樹さんしかいないでしょう。賛否両論、さまざまな意見の出る小説だとは思いますが、読むべき本であることは間違いありません。また読み終えた後に、Book2で終わらずに、Book3を出してくれたことを作者には感謝したくなりました。少しでも長く村上春樹の世界に浸ることができ、そして物語の本当の「終わり」を読むことができたのですから。

 本作はあまり「速読」には向きませんね。じっくりと丁寧に丹念に読んで、作者の内面世界に深く触れていくのがいいのではないかと思いました。

 ・・・あと、Book4が出ると言ううわさもありますが・・・。どうでしょうね。でると確かにちょうど一年分の長さになりますが・・・。まだまだ未回収の謎も多いですしね。出てもおかしくないとは思いますが。ちょっと、いやかなり、気になりますね。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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タグ:1Q84 書評
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2009年10月18日

読書日記159:1Q84 Book2 by村上春樹



タイトル:1Q84 BOOK 2
作者:村上春樹
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。
そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。
そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。
私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。
Book 2
「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。



感想--------------------------------------------------
 前回紹介したBook1の続きです。これもあっという間に読むことが出来ましたが、やはり何を言いたいのか、残念ながらよく分かりませんでした。でも読み終わった後には確かな読後感と、すっきりとした充実感が残ります。不思議な作品です。

 10歳の時に手を握り合ってからお互いのことを忘れられない天吾と青豆。二つの月が浮かぶ世界で、二人の世界は交わるのか・・・?

 Book2ではBook1の謎がさらに深まって行きます。リトル・ピープルとは?なぜ空には二つの月が浮かぶのか?マザとドウタとは?ふかえりの書いた「空気さなぎ」とは・・・?
 
 本作、冒頭からどんどん話に引き込まれて行きます。上述の謎を残したまま、天吾と青豆のお互いを思う気持ちを背景に物語は徐々に徐々にと進行して行きます。最後の最後まで読んでも、結局、よく分からずに終わりました。しかし、一つの物語が終わった、という確かな感触は残りますね。

 本作、終盤にかけてフィクションと現実の境界が徐々に徐々にあいまいになっていきます。どこまでが現実で、どこまでが物語の中なのかその境界があいまいになるなかで目の前に見える、まぎれもない「現実」(例えそれが月が二つ浮かぶ現実でも)を受け入れることで青豆も天吾も前に進もうとします。

 私なりの解釈ですが・・・結局言いたかったのは「この世界で生きて行くしかないんだ」ということかと思いました。1984年だろうが、1Q84年だろうが、今生きている世界とは違う世界に移って生きることを望むのではなく、現実の世界で色々なことを忘れたり、清算したりしながら生きて行くべきだ、と言っているように感じました。例え、その世界がその人にとってどのように見える世界であったとしても。その人にとっては月が二つ浮かぶ世界であったとしても。

 また青豆と天吾の関係も心に感じるものがありました。お互いがお互いのことを何年も想い続け、例えその世界で交わることがなくても、心はつながりあい、いつも側に寄り添っているー。Book1ではこのお互いを想う気持ちが全く描かれていなかったので唐突な気がしましたが、Book2で描かれているこの想いの強さの描き方は、さすがにうまいと感じました。

 終わり方も新しい生き方を暗示させる村上春樹さんの作品らしい終わり方でした。続編のBook3が出るという噂もありますが・・・どのようにつなげるのでしょうね。やはり主人公は青豆と天吾なのでしょうか。まだ憶測の段階ですが、出るのであればぜひ読んでみたいと思いました。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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posted by taka at 16:27| Comment(1) | TrackBack(1) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

読書日記158:1Q84 Book1 by村上春樹



タイトル:1Q84 BOOK 1
作者:村上春樹
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。
そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。
そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。
私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。

感想--------------------------------------------------
 もう説明の無いほど有名な、今年最も売れている作品です。この不況の中、100万部を突破しているそうですね。本作はBook1とBook2の二冊に別れていますので、二回に分けて紹介します。今回はBook1です。

 マーシャルアーツのインストラクター青豆は自分の生きる"1984"年が、実際の"1984"年とは微妙に異なる"1Q84"年であることを知る。現実と非現実の世界の境界を生きる青豆と天吾。二人の世界は交わるのか・・・?

 本作は"青豆"を主人公とした奇数章と"天吾"を主人公とした偶数章から構成されます。読んですぐに村上春樹さんの作品だな、と分かる作品ですね。相変わらず不思議な世界が描かれていて、その意味の多くを読者の想像力で補う必要があるのですが、密度が濃く、いつの間にか引き込まれて行きます。

 読み始めたとき、この作品はどこに向かうのだろう?と少し不安に感じられました。行き先の見えない物語にページを繰る指も進まず、正直少し不安でした。でも徐々に徐々に話が進むに連れてどんどん読むスピードがあがりました。全500ページ強でさらに文章の密度が濃いためかなりの文字の量ですが、さして気にもなりませんでした。

 「スプートニクの恋人」が恋愛、「海辺のカフカ」が少年の成長を主題にしていると私は考えています。そうすると本書の主題は何でしょうね・・・?Book1を読み終えたところまでの印象では、本書の主題は世界や社会といったもののように見えます。
 本書の中に出てくるジョージ・オーウェルの「一九八四年」では1984年をビッグ・ブラザーという存在が治める全体主義の国として扱っています。そしてその中で主人公は過去を書き換えていきます。本書ではビッグ・ブラザーならぬリトル・ピープルという存在が現れます。そして月が二つ存在し、月面基地の建設が進み、本栖湖で銃撃戦が発生し、警官の装備が変わった"1Q84"年。この不思議な世界の意味はなんなのでしょう?謎は膨らむばかりです。
 1Q84年と1984年の違いは?違ってしまった理由は?"1Q84"年に生きる青豆と"1984"年に生きる天吾はどこかで交わることがあるのでしょうか?

 本書の特徴は筋だけではありません。至る所で様々な象徴的な作品が使われています。ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」、ジョージ・オーウェルの「一九八四年」、「平家物語」、チェーホフの「サハリン島」・・・。おそらくこれらの作品に対して並々ならぬ造詣がある作者だからこそ、こういった作品を自作の中で使っても生きてくるのだと思います。
 本作を読んでつくづく感じたのは、このような作品は村上春樹さんにしか書けない、ということです。他の人が同じような文体で真似しようとしても、同じ作品は決して書けないでしょうね。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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タグ:1Q84 書評
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2008年12月10日

読書日記103:スプートニクの恋人



タイトル:スプートニクの恋人

作者:村上春樹
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
22歳のすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。ーそんなとても奇妙な、この世のものとは思えないラブ・ストーリー!!


感想--------------------------------------------------
巨匠、村上春樹さんの作品です。「ノルウェイの森」、「羊をめぐる冒険」、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」、「ねじまき鳥クロニクル」などなど言わずと知れた今や世界的に有名な作家さんです。(ネタバレありです。未読の方は注意)

ぼくが恋しているすみれ。そのすみれが恋に落ちたのは17歳年上の人妻:ミュウだったー。

 「スプートニクの恋人」。このタイトル名に使われている「スプートニク」とは、冒頭で紹介されていますがロシアで打ち上げられた世界初の人工衛星のことです。一匹のライカ犬を乗せて帰ることのない旅に出た衛星スプートニク。ミュウと出会った際のちょっとした出来事から、すみれはミュウのことを「スプートニクの恋人」と呼ぶことになります。

 そしてこの「スプートニク」とは恋人達のことも象徴的に表しています。軌道上をぐるぐると永遠の孤独の中で周り続け、たとえ交わることはあっても、お互いに何も与えず、何も奪わず、一瞬の後には分かれて再び永遠の孤独の中に戻っていく数多の衛星:スプートニクの末裔たち。彼らの姿は本作で描いている男女の姿そのものです。

 本作、ある出来事をきっかけとしてすみれが姿を消してしまいます。必死に探しても見つからないすみれ。彼女はいったいどこに行ったのか?なぜ消えたのか?私の感想では、重要なのは、「なぜ消えたのか?」、「どこに消えたのか?」ではなく、「消えた」という事実そのものです。結局すみれは「こちら側」から「あちら側」に行ったのだろう、と結論付けられます。「こちら側」と「あちら側」は人間の二面性を表すような意味で使われているようです。そして、すみれが消えることによって自分自身の世界のあり方が大きく異なってしまった「ぼく」。

 実際にこつ然と人間が消えてしまうことはありませんが、ある人が、ある日を境に「同じ人間なのに全くの別人」になってしまうことによって、「消えて」しまうことは往々にしてよくあります。それは恋人との別れによって、例えば「恋人」が恋人から単なる一人の「女性」になってしまうことがそうですし、人間関係のちょっとした変化によって現実ではとても簡単に生じることです。そして、後には多くの場合、大きな喪失感だけが残されます。

 でも、逆に言えば、この広い世界で二人の男女が出会うことも、別れることも奇跡のようなことなのかもしれません。この広い宇宙でスプートニクの末裔達が出会うのが奇跡であるように。このような人との出会いと別れの経験は誰しも持っている物ですが、その出会いと別れ(それはすみれとの出会いとすみれの消失によってもたらされた別れであり、ミュウとの出会いと別れでもあります。)を本作では非常に詳細に、綿密に、そして美しく描いています。

 そして、最後の4ページ。ここは本当に感動しました。久しぶりに心が震えましたね。ラスト前のフレーズの「そうだね?」「そのとおり」・・・いいですね。自分の周りに居る人たちに、奇跡的に出会えたことを感謝したくなる、極上のラブストーリーです。
 
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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posted by taka at 20:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする