2012年07月14日

読書日記360:すべて真夜中の恋人たち by川上 未映子



タイトル:すべて真夜中の恋人たち
作者:川上 未映子
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
孤独な魂がふれあったとき、切なさが生まれた。その哀しみはやがて、かけがえのない光となる。芥川賞作家が描く、人生にちりばめられた、儚いけれどそれだけがあれば生きていける光。『ヘヴン』の衝撃から二年。恋愛の究極を投げかける、著者渾身の長編小説。


感想--------------------------------------------------
川上未映子さんの作品は初めて読みます。この方は「乳と卵」で芥川賞を受賞された方です。他の作品では「ヘヴン」が有名ですね。

フリーで校閲の仕事を請け負う冬子は石川聖以外に友達がいない。そんな彼女はカルチャーセンターで三束さんと出会う−。

全編を通じて静かで穏やかな作品です。主人公の冬子と、編集者の聖の二人の女性が非常に対照的ですね。内向的で友達も少なく与えられた環境で流されるように過ごして行く冬子と、男勝りで仕事もできて次々と付き合う男を変えていく聖。二人は仕事では非常によいパートナーとして過ごしていきます。

自分を押し出すことに必要性も感じず、ただただ毎日を流されるように過ごす冬子。彼女はアルコールの力を借りないとカルチャースクールに出かけることも、誰かと面と向かって話をすることもできません。でも、この本を読んでいると感じるのですが、彼女のような女性は世の中には一定数はいて、今もきっとどこかで彼女のような悩みを抱えて苦しんでいるのだろうな、と思います。そんな彼女の世界は、六十手前の男性、三束さんと出会うことで少しずつ変わって行きます。毎週の出会い、束の間の楽しい一時、そしていつしか芽生えて行くはかない気持ち−。

この著者は冬子の何気ない日常の所作を描きながら、冬子という女性の存在を際立たせ、どのような女性なのか、何を考え、どのような生活を過ごしている女性なのかを読者に示していきます。この描き方がとてもうまいです。日常の些細な動作、何気ないいくつもの日常的な描写、そうしたものを積み重ねながら冬子の心理を痛いまでにはっきりと描いていきます。

本書で印象的なのは「光」というものについて冬子と三束さんが繰り広げる会話です。光を巡る何気ない会話と、「光」と「触れる」ということの類似点。そうしたことを話しながら少しずつ深まって行く二人の関係。静かで穏やかで、それでいてどこか追い詰められたような冬子の日常。この描き方は他の方にはまねできないのではないでしょうか。

本作、最後は少し哀しい、だけど前を向けるような終わり方だと思いました。次は「ヘヴン」ですかね。また読んでみたいと思う作家さんでした。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2012年06月20日

読書日記354:ピエタ by大島真寿美



タイトル:ピエタ
作者:大島真寿美
出版元:ポプラ社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
18世紀、爛熟の時を迎えた水の都ヴェネツィア。『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児たちを養育するピエタ慈善院で“合奏・合唱の娘たち”を指導していた。ある日、教え子のエミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。一枚の楽譜の謎に導かれ、物語の扉が開かれるー聖と俗、生と死、男と女、真実と虚構、絶望と希望、名声と孤独…あらゆる対比がたくみに溶け合った、“調和の霊感”。今最も注目すべき書き手が、史実を基に豊かに紡ぎだした傑作長編。


感想--------------------------------------------------
大島真寿美さんの作品は初めて読みますね。本作も本屋大賞の候補に選ばれていました。本のタイトルにもなっている「ピエタ」というのは「慈悲」といった意味だそうですね。まさに慈愛に満ちたお話です。

赤ん坊の頃ピエタ慈善院に捨てられたエミーリアとアンナ・マリーアは姉妹のように育つ。そしてある日、二人の下に、恩師ヴィヴァルディの訃報が届く。恩師の死をきっかけに、エミーリアは様々な出会いと別れを繰り返す−。

秀逸な小説にはいろいろなタイプがあると思います。その構成力と表現力で読み始めたら最後、一気に最後まで読者を引っ張って行く小説、簡潔、明快な文章ですらすらと読めてしまう小説、後半にかけて一気に盛り上がって行く小説−。本書はそのどのタイプにも当てはまりません。最初はややもすると退屈な展開が続くのですが、その展開があるところから知らないうちに読者の心をしっかりと捉え、最後には読者を静かな感動に導きます。いろいろな小説を読んできましたが、こう言った小説はあまりないなあ、って感じます。タイプとしては小川洋子さんの作品に似ているかなあ、なんて思いました。どちらにせよ、傑作であることには変わりはありませんね。

本作は女性の物語、って言っても過言ではないかと思います。エミーリア、アンナ・マリーア、クラウディア、ヴェロニカ、ジーナ…。天才作曲家ヴィヴァルディの影響を受けた多くの女性たちが、ヴィヴァルディ亡き後のヴェネツィアで人生を過ごします。高級娼婦、貴族の未亡人、ピエタの住人、歌手…とその人生は様々ですが誰もが自分の人生を生き、そのどこかで一人の天才を懐かしみ、そして、どこかに閉塞感を漂わせています。

どこにも行くことができず、そこでの生活を、与えられた運命を、様々な葛藤を抱えながら人生を必死に生きる女性たち。その姿は切なくもある一方で、非常に輝いてもいます。そしてこの小説を読むと、女性の強さ、逞しさ、忍耐強さといったものをひしひしと感じます。そして感じるのです、女性がその芯に持つ強さには、決して男性は叶わないのだろうなとも。このように女性の本質を、強さを、切なさを描ける作者の力量は凄いな、と感じさせます。一方で、男性はどこまで行っても女性の手の平の上で踊らされているに過ぎないのだな、とも感じます。

わたしはきっと兄のことがわかっていない。
そして、兄もまた、わたしのことがわかっていない。
わたしたちはこうして、同じ家に生まれたというのに、わかりあえないまま死んでいくのです。

本書の中で印象に残った言葉の一つです。兄妹だというのに分かり合えない二人。しかし妹はそのわかっていないことを素直に受け入れて、そのまま死んでいきます。この素直さ、運命を受け入れる潔さ、人は死ぬまで他人とは決して分かり合えることはないという孤独、孤独の中で他人と共有する喜び。人、女、人生。こういったものの描き方が本当に深い。直接的な文章ではなく、女達の生き様でその深さを描けるその力量は凄いですね。静かでありながらも揺るぎのない意思と、強さを備えた女の本質をしっかりと描き出しています。

よりよく生きよ、むすめたち。
最後に出てくるこの言葉。よりよく生きよ。まさにこの言葉が作者の言葉であり、作者から女性たちへのメッセージのようにも感じられます。よりよく生きよ。抽象的な言葉なので、より良くという言葉の意味は人それぞれに取れると思いますが、それでも女性たちへのエールとなりえる言葉だと思います。大賞には選ばれませんでしたが、心に深く染み入るような良策です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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タグ:ピエタ 書評
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2012年06月09日

読書日記351:恋都の狐さん by北 夏輝



タイトル:恋都の狐さん
作者:北 夏輝
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
豆を手にすれば恋愛成就の噂がある、東大寺二月堂での節分の豆まき。奈良の女子大に通う「私」は、“20年間彼氏なし”生活からの脱却を願って、その豆まきに参加した。大混乱のなか、豆や鈴を手にするが、鈴を落としてしまう。拾ったのは、狐のお面を被った着流し姿の奇妙な青年。それが「狐さん」との生涯忘れえない、出逢いだったー。第46回メフィスト賞受賞作。



感想--------------------------------------------------
メフィスト賞の受賞作品です。最近のメフィスト賞受賞作とは異なり、ミステリー、ホラー、SFといった分野から外れた作品のようなので期待して読んでみました。

二月堂の豆まきで出会ったのは狐の面を被ったちょっと風変わりな人だった−。

舞台は奈良・京都、風変わりな狐の面を被った男の人、どこかユーモラスな語り口。本書を読み始めてすぐに感じたのは、本書は森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」や万城目学さんの「鹿男あをによし」に似ているなあ、という点です。読みやすい語り口、奈良・京都のイベントを扱っている点も良く似ていますね。

奈良・京都を舞台にしているだけあって、奈良・京都の行事に関する記述が多いのですが、これらの記述はよく書かれています。その行事を目前で見ているような感覚さえ覚えますね。この描き方はとてもうまいなあ、って感じました。

しかし一方で内容は…うーん、と考えてしまいますね。さして大きな事件があるわけでもなく、小さな話ばかりで物語りは進んでいきます。様々な奈良・京都の行事や寺社仏閣の描写が出てきて、それらは確かに秀逸なのですが本編としっかり絡んでこないため、奈良・京都の観光案内?って思ってしまいます。また不必要に描きこまれている部分も多く、途中から飛ばし読みをしてしまいました。物語は進まないのに、よくわからない描写だけが多いなあ、って感じてしまいます。

ストーリーも正直いまいちですね。一応は恋愛の話なのですがハッピーエンドでもなく、盛り上がりもさしてなく、うーん、どこに面白さを見出していいのか、よくわからない仕上がりです。確かに狐さんと主人公の掛け合いは、まあ読めるのですが、これだけで読者を引っ張るのは無理ですね。どこに着地するのかと思いきや、「え?こんな終わり方?」っていう終わり方でした。

本書は、申し訳ないですが、残念な出来です。物語の盛り上がりも余り無く、奈良・京都の行事について知りたい方にはいいと思うのですが、物語的な面白さを求める方にはお勧めできないですね。何よりも本当に最後が……、、うーん、っていう感じです。最近はメフィスト賞はどうなのでしょうね??昔は西尾維新さんとか凄い人が出てきていたのですが……。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):C


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2012年06月03日

読書日記349:晴天の迷いクジラ by窪 美澄



タイトル:晴天の迷いクジラ
作者:窪 美澄
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
壊れかけた三人が転がるように行きついた、その果ては?人生の転機に何度も読み返したくなる、感涙の物語。


感想--------------------------------------------------
ふがいない僕は空を見た」の作者、窪美澄さんの第二作目の作品です。「ふがいない僕は空を見た」がかなりよかったので期待して読んでみました。

仕事漬けで恋人に振られた由人、子供を捨てた野々花、母親の偏愛に苦しむ正子……。死を考えた三人は最後にニュースで放送されていた湾に迷い込んだ鯨を見る旅に出る−。

本書は「ソラナックスルボックス」「表現型の可塑性」、「ソーダーアイスの夏休み」、「迷いクジラのいる風景」の四章から構成されています。最初の参照ではそれぞれ由人、野々花、正子の三人が主人公として描かれ、最後の章で一緒に旅をする三人の姿が描かれています。

前作「ふがいない僕は空を見た」のテーマが性と命だとすると、本作のテーマは「生きること」でしょうね。三人が三人とも生きることに難しさを感じ、それぞれの理由で死を考えています。そして三人が自分たちの直面している人生と、湾に迷い込んで死ぬ運命のクジラの姿、さらにはクジラの迷い込んだ湾の近くに住む人々の姿を重ね合わせ、様々なことを考えていきます。

「ふがいない僕は空を見た」でも感じたのですが、この作者はこうした、追い詰められて不幸を背負った人間の描写がうまいですね。心の機微、感情、そういったものが凄くリアルに鮮明に読者に伝わってきます。単純な喜怒哀楽だけでなく、ちょっとした仕草や動作からもうまく人物の心情を描いていて、こういった描き方は本当にうまいなあ、と思います。

特に最終章の描き方はうまいですね。死にたいほどに苦しんでいた三人の出会い、その三人それぞれの悩みと、各人の思いや感情の交錯、そしてクジラと、雅晴や雅晴のばあちゃんたちクジラを取り巻く人々の関係から生まれる新しい感情。こういった心の微妙な揺れ、そこから生まれる新しい感情をリアルに描くのは、本当に難しいと思うのですが、この著者はそういったところの難しさを感じさせること無く、実に鮮明に描いていますね。本当にうまいなあと思います。

前作「ふがいない僕は空を見た」と比べると、本作の方が一般向けはするかな、と感じます。前作は特に序盤の性描写がどきつすぎるため、敬遠する人も多いのではないかと思います。しかしその分、前作のほうが鮮烈で印象に残る作品だった、という印象もありますが。

前作も本作もかなりレベルの高い仕上がりの作品になっていると感じます。この方の作品は続けて読むつもりです。次回作も楽しみです。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2012年03月21日

読書日記337:舟を編む by三浦しをん



タイトル:舟を編む
作者:三浦しをん
出版元:
その他:

あらすじ----------------------------------------------
玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていくー。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのかー。


感想--------------------------------------------------
まほろ駅前多田便利件」で直木賞を受賞された三浦しをんさんの作品です。本書も本屋大賞の候補に挙がっていますね。「風が強く吹いている」、「格闘するものに○」と、どれも面白かったので楽しみに読んでみました。

玄武書房辞書編集部に異動してきた馬締光也は、風変わりな編集部員たちと共に新しい辞書、「大渡海」の編纂に携わることになる。はたして、「大渡海」は無事に刊行されるのかー。

面白いです。
玄武書房辞書編集部を取り巻く人間模様ー。本書で書かれている内容は一言で言ってしまえばそれだけですが、辞書編纂という作業の特異性とむずかしさ、そして奮闘する馬締くんをはじめとする「大渡海」編纂に関わる人々の個性をしっかりと描きつつ、彼らを優しくあたたかい視点で包み込むように描いています。

辞書編纂に長年携わってきた荒木、入社早々配置換えで辞書編集部に異動となった馬締、馬締の先輩でちゃらちゃら社員の西岡、新入社員の岸辺、と視点が変わりながら話が進んでいきます。そして入れ替わるのは視点だけでなく、時代も次々に移り変わり、進んでいきます。始まりから終わりまで十五年ー。辞書編集という作業に費やされる年月の長さとその重みに驚かされます。

上にも書きましたが、個性的な登場人物の描き方が本書ではとてもうまく、さらに優しさとあたたかさに満ちています。こういった描き方は私は「神様のカルテ」に似ているなあと思いました。登場人物の誰もがやさしく、あたたかく、いい人。こういう本はきっと人気が出るでしょうし、読んでいる間も、読後も、読者はいい気分になれますね。

先日紹介した「ビブリア古書店事件手帖」でもそうですが、本書も読んでいて勉強になることが多かったです。辞書というものがどうやってできていくのか、日本語はあ行からさ行が圧倒的に多いこと、辞書の作成には何年もかかることも知りませんでした。

なにかを生み出すためには、言葉がいる。
本書で特に印象に残った言葉です。自分の考えを形にするためにも、それを誰かに伝えるためにも言葉は欠かせないものです。そしてそれがどのような言葉を使って語られたかによって、受けてはおろか話す側にも大きな影響が出るのでしょうね。この言葉こそが人間と他の生物を分け隔てるものであり、日本語こそが、日本人のアイデンテティーの礎にあるものといったら言い過ぎでしょうかね。しかし、日本人は基本的には日本語を使って考えますし、この日本語の特性が我々日本人の気質に大きく影響していることは否めないと思います。

本書からの受け売りになりますが、故人の思い出を、記憶を、次の世代に引き継ぐためにも言葉は絶対に欠かせないものです。本書を読んでいると、そんなこともしっかりと感じさせてくれます。優しい気持ちになれるし、いろいろ勉強にもなるし、読んで損のない、本当にいい本です。この本は万人にお勧めですね。個人的にはこれまで読んだ本の中では今年の本屋大賞のNo1候補です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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posted by taka at 21:20| Comment(0) | TrackBack(3) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする