2010年07月28日

読書日記218:悪人(下) by吉田修一



タイトル:悪人(下)
作者:吉田修一
出版元:朝日新聞出版
その他:毎日出版文化賞受賞、大佛次郎賞受賞

あらすじ----------------------------------------------
馬込光代は双子の妹と佐賀市内のアパートに住んでいた。携帯サイトで出会った清水祐一と男女の関係になり、殺人を告白される。彼女は自首しようとする祐一を止め、一緒にいたいと強く願う。光代を駆り立てるものは何か?毎日出版文化賞と大佛次郎賞を受賞した傑作長編。


感想--------------------------------------------------
前回の続き、「悪人」の下巻です。

殺人を犯してしまった清水祐一は携帯サイトで馬込光代と出会う。寂しさをお互いの存在で埋め合わせるかのように、深く愛し合うようになった祐一と光代は、逃亡を続ける―。

重く、いろいろなことを考えさせられる作品です。
物語は逃亡を続ける祐一と光代を中心に、祐一の祖母、被害者:佳乃の父母などの視点を交えながら展開していきます。弾みで佳乃を殺してしまい、自首しようとする祐一、その祐一を止めて一緒に逃げようと言う光代、現実を受け入れることが出来ずに悩み続ける祐一の祖母と佳乃の父母―。殺人を犯した祐一は確かに「悪人」かもしれませんが、その一言だけでとても済まされる物語ではありません。各登場人物の孤独、何処にも行けないもどかしさ、そういったものがひしひしと伝わってきます。

「今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は何でも出来ると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ」
 本作で印象に残った言葉は二つありますが、そのうちの一つがこれです。まさにこれを伝えたいがために、吉田修一さんは本作を書かれたのではないかと思います。この言葉が示すように、大切な人のいない空虚感を埋め合わせるかのようにお互いを求め合う祐一と光代。二人の姿は典型的な現代人の姿のようにも見えます。そして、現代人の誰もが祐一のようなことをしてしまう危うさを併せ持っているようにも感じられました。

「…でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」
 印象に残った二つ目の言葉はこれです。この言葉の意味は本作を実際に読まないとわからないですね。祐一のこの言葉と、祐一のある行動がつながったとき、祐一が本当はどういう人間なのか、それが読者にだけはわかります。そして、本作のタイトル「悪人」の持つ意味合いがどこか柔らかく感じられてきます。このつくりは本当にうまいです。そして、本当に相手のことを本当に考える、思いやるというのはどういうことなのか、その意味を考えさせられます。本作、紛れもなく名作ですね。登場人物が、ここまで「生きて」いる物語はなかなかないのではないでしょうか。わざとらしい台詞も動作もなく、それでいて各人物の内面を葛藤を、ここまで描ききるとは凄いです。素晴らしいできです。

吉田修一さんの作品は本作と、ここでも紹介した「パレード」がいいですね。どちらの作品にも通じることですが、人の本質とかそういうものを本当に深く描いていると思いました。映画の出来はどうでしょうね。原作の出来が素晴らしいだけに、映画にも期待してしまいますね。特に祐一を演じる妻夫木さんの演技には注目です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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2010年07月24日

読書日記217:悪人(上) by吉田修一 



タイトル:悪人(上)
作者:吉田修一
出版元:朝日新聞出版
その他:

あらすじ----------------------------------------------
九州地方に珍しく雪が降った夜、土木作業員の清水祐一は、携帯サイトで知り合った女性を殺害してしまう。母親に捨てられ、幼くして祖父母に引き取られた。ヘルス嬢を真剣に好きになり、祖父母の手伝いに明け暮れる日々。そんな彼を殺人に走らせたものとは、一体何か-。


感想--------------------------------------------------
吉田修一さんといえば、私の中では大ヒットだった「パレード」がすぐ思い浮かびます。人物描写の凄さ、人間というものの弱さや怖さをしっかりと描ききるその力は凄い、本当に実力のある作家さんだという印象です。本作も前々から読んでみたかった作品です。9月からは妻夫木聡さんと深津絵里さんで映画化されるそうですね。二人とも演技力の高い役者さんですので、こちらも楽しみです。

土木作業員の清水祐一は偶然出会った保険外交員:石橋佳乃を殺してしまう。朴訥な青年だった彼を殺人に走らせたものは何なのかー

本作についても上巻と下巻の二回に分けて書評を載せようと思います。上巻では夜の公園で清水祐一や石橋佳乃、下巻でメインになるであろう馬込光代の生い立ちが、どちらかというと淡々と描かれていきます。老いた祖父母の面倒を見て、ヘルスに通い、工事現場で働く祐一。言葉少なく朴訥としたどこにでもいる青年のような彼の姿はどうやっても殺人事件とは結び付いていきません。そして、これが本作の最も恐ろしいところだろうな、という予感めいたものを感じます。

 どこにでもいる朴訥とした青年を殺人に走らせたものはなんなのか?その真相は下巻で明かされるのでしょうが、私的には祐一の背後の社会背景がなんとも不安を誘います。老父母の世話を焼き続ける祐一、出会い系サイトで男たちと遊ぶ佳乃、金持ちのぼんぼんの増岡、娘と疎遠になった佳乃の両親、いかがわしい業者に騙されて金を巻き上げられる祐一の祖母ー。この物語に描かれているのは今の日本のあちこちで普通に見られる風景です。当たり前の日常を送っている人たちの姿と言ってもいいかもしれません。なのに心の奥に広がっていくこのやるせなさはなんなのでしょうね。そしてそのやるせなさこそが祐一を殺人へと走らせた一因ではないかと思ってしまいます。

 「悪人」。このタイトルにも考えさせられるところがありますね。「悪人」。その定義は?悪人とは誰なのか?どうして悪人なのか?生まれついての「悪人」なんていない、という風潮が今の日本では大半を占めていますが、この物語の中で語られる「悪人」とは何なのか、とても興味のあるところです。

 下巻では上巻では少ししか出てこなかった馬込光代の話がメインになってくるはずですね。下巻も楽しみです。




総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):


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2010年02月14日

読書日記182:初恋温泉 by吉田修一



タイトル:初恋温泉
作者:吉田 修一
出版元:集英社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
初恋の女性と結婚した男。がむしゃらに働いて成功するが、夫婦で温泉に出かける前日、妻から離婚を切り出される。幸せにするために頑張ってきたのに、なぜ-表題作ほか、不倫を重ねる元同級生や、親に内緒で初めて外泊する高校生カップルなど、温泉を訪れる五組の男女の心情を細やかにすくいあげる。日常を離れた場所で気づく、本当の気持ち。切なく、あたたかく、ほろ苦い恋愛小説集。


感想--------------------------------------------------
 吉田修一さんの作品です。「パレード」が素晴らしかったのでまた吉田修一さんの作品を読んでみました。本作は「初恋温泉」、「白雪温泉」、「ためらいの湯」、「風来温泉」、「純情温泉」
の5編からなる短編集です。どの短編も実在の温泉を舞台としており、そこを訪れる男女のあり方を描いています。

 訪れる男女の関係は様々です。離婚を考えている夫婦、不倫の男女、高校生のカップル・・・。どの物語にも共通しているのですが、この男女の心情の微妙なずれの描き方が抜群にうまいですね。これは作者の持ち味でしょうね。「パレード」でも驚かされましたが本作でも改めてうまいなあ、と実感しました。
 日常から抜け出すことの出来ない男、子供のままの男子と一足先に大人になっていく女子、互いを気遣うがために不倫から抜け出せない男女・・・。それぞれ立場は違うのですが、「ああこういうふうに考えることあるなあ」って共感してしまいます。

 物語自体は温泉旅館での時間と現実生活の時間を組み合わせて展開され、短い時間で終了します。どの物語も登場人物の生活の一部を切り取っているため、大きな展開もなく解決も答えもない物語の断片に思えてしまい、「なんだこれ?」って思う人もいるかと思います。
 でも、それが私は本作の持ち味だと思いました。彼、彼女はこのあとどうするのか、温泉から帰って現実に戻った時にどのような行動をとるのか、そういったことを想像していくのも本作の魅力の一つだと感じました。

 本作を退屈に感じる人もいるかもしれませんが、私に取っては良作でした。他の吉田修一さんの作品も読んでみたいですね。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2010年02月06日

読書日記180:パレード by吉田修一



タイトル:パレード
作者:吉田修一
出版元:幻冬舎
その他:第15回山本周五郎賞受賞

あらすじ----------------------------------------------
都内の2LDKマンションに暮らは男女四人の若者達。「上辺だけの付き合い?私にはそれくらいが丁度いい」。それぞれが不安や焦燥感を抱えながらも、“本当の自分”を装うことで優しく怠惰に続く共同生活。そこに男娼をするサトルが加わり、徐々に小さな波紋が広がり始め…。発売直後から各紙誌の絶賛を浴びた、第15回山本周五郎賞受賞作。



感想--------------------------------------------------
以前、「さよなら渓谷」で紹介した吉田修一さんの作品です。この方の作品は「横道世之介」が本屋大賞にノミネートされていますね。今が旬な作家さんの一人です。本作も映画化されるそうですね。藤原竜也さんに香里奈さん、貫地谷しほりさんなどが出演するそうです。山本周五郎賞も受賞されているとのことで本屋に平積みにされている本を手に取ってみました。

 本作、舞台は四人の男女が暮らすマンションの一室が舞台です。そしてそこに新たなメンバー:サトルが加わることで四人の暮らしに小さな変化が起き始めます。物語は四人+一人の視点から順番に語られていきます。四人は大学生、フリーター、サラリーマンとそれぞれ立場は異なりますが、共通しているのはマンションの中では各人、上辺だけの付き合いを繰り広げている点ですね。

 「上辺だけの付き合い」というと言い方が悪いですが、各人とも非常にマンション生活を楽しんでいます。そして各人ともそれぞれ心の中に表に出せない物を抱えています。それは何も特別な物ではなく、今を生きる人なら誰もが抱えている種類の物です。何者でもなく、どこに行くか、帰るのかも分からない自分から目をそらす為に必死に他人の目に映る自分の姿を演じているー私には本作の登場人物はみんなそのように映りました。そしてその姿は今を生きる我々日本人に共通しているものかもしれません。

  本作、冒頭はまさに「パレード」=交通渋滞の場面から始まります。そして五章でそのパレードに小さな異変が起きます。そしてそのことに端を発して、本作は四章までの印象と五章を読み終えた印象が大きく変わります。みんなが「他人の目に映る自分を演じている」のだと思っていましたが、「他人の目に映る自分を演じることから逃げられない」のですね。どこまでも続く日常、そしてそんな日常に慣れてしまい、そこから抜け出そうとしても抜け出すことが出来ず、他人の本当の姿も見て見ぬ振りをし、自分の本当の姿も偽って生きざるを得ない・・・。そんな悲しくも滑稽な人間の生き様が見えてきます。

 本作のタイトルである「パレード」ですが、パレードとは祭りなどで行列を組んで楽しそうに町中を歩くことを言いますね。誰もが楽しそうに練り歩きお祭り騒ぎをしているように見えながらもその中には一定の規律があり、お互いの距離をとって歩いています。その様はまさにこの本に出てくる五人の生き様です。

 自分の本当のことを偽りながら、他人と上辺だけの付き合いをしつつ、他人の深いところに入り込まないようにし、見てしまった他人の真の姿には目をつむって生きていく・・・。こんな生き方をしている人は今の世の中多いのではないでしょうか?というか、社会に出て生きていく以上、誰もがこの「パレード」に加わらざるを得ません。そして自分に真摯に生きようとして「パレード」に加わらないようにする為には逆に一人で生きていくしかありません。・・・もしかしたら今の世の中、ひきこもりと呼ばれる人の何割かはこういった自分に真摯な人たちなのかもしれない、とも思いました。

 それにしても本作、人物の描き方がうまいですね。人間に奥行きがあり、実在の人物のように感じました。解説で川上弘美さんが「そこにそのものが実際にあるように、文章だけで表すこと。それができたとき、小説の魔法がはたらく。この小説には、そういう魔法が随所に発揮されている」と書かれていますがまさにそう感じました。

 本作、映画化されるということですが、どうなのでしょうね・・・。本のイメージを忠実に映画化することは非常に難しいと思いますが、、、どんな仕上がりになるか楽しみです。本作、本屋さんで何気なく手に取った本ですが、私にとっては大当たりでした。





総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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posted by taka at 18:36| Comment(2) | TrackBack(1) | 吉田修一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

読書日記131:さよなら渓谷 by吉田修一



タイトル:さよなら渓谷
作者:吉田修一
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
どこまでも不幸になるためだけに、私たちは一緒にいなくちゃいけない・・・。

きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、 15年前の"ある事件"。長い歳月を経て、"被害者"と"加害者"を結びつけた残酷すぎる真実とはー。『悪人』を超える純度で、人の心に潜む「業」に迫った長編小説。



感想--------------------------------------------------
 この方の作品は初めて読みます。テレビドラマ化もされた「東京湾景」の作者だそうです。全体で200ページ程度と割と短い作品です。

 隣家で起きた幼児殺人事件。その事件をきっかけに若夫婦の隠された過去が明らかになっていく・・・。

 本作を読んでの感想ですが、「重い」というのが率直なところです。舞台は真夏なのですが、真夏の湿った空気、登場人物の流れ落ちる汗、欲望、といったものが前面に押し出されて描かれていて、言いようのないドス黒さ、重さ、男の生の感触、といったものが感じられてきます。まさに男性の作者が書いた作品だな、と納得させられます。

 本作、若夫婦と雑誌記者の視点から描かれているのですが、どの視点にも共通しているのは「行き詰まっている」、「どこにも行けない」ということでしょうか。結婚して、同居して、様々な理由でそこで行き詰まってしまい、どこにも行けなくなってしまった男女の姿が重々しく描かれていて、少し哀れさを感じさせます。

 200ページという割と短い中で、必要最小限の言葉を使って的確に心情を、背景を描写していくその筆力は素晴らしいと思います。しかしいかんせんストーリーが重すぎますね。ラストもすっきりしたラストではなく、苦行の上に苦行を重ねるような終わり方ですので、正直、読んでいる方がしんどくなってきます。芥川賞候補に選ばれる作品も書いている方ですので、描写力やストーリーの書き方に間違いはありませんし、不思議な男女のありかたについてうまく描かれている作品です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):B


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posted by taka at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 吉田修一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする