2014年07月05日

読書日記493:怒り(下) by吉田 修一



タイトル:怒り(下)
作者:吉田 修一 (著)
出版元:中央公論社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
愛子は田代から秘密を打ち明けられ、疑いを持った優馬の前から直人が消え、泉は田中が暮らす無人島である発見をするー。衝撃のラストまでページをめくる手が止まらない。『悪人』から7年、吉田修一の新たなる代表作!



感想--------------------------------------------------
 吉田修一さんの「怒り」の下巻です。本作もやはり、「悪人」のように読み終えて考えさせられるものがある本でした。

未だ捕まらない殺人犯 山神。そしてそれぞれ山神に似た田代、大西、田中の周囲でも様々な事件が起こり始める−。

読み終えての感想ですが、本作は「怒り」というタイトルですが、むしろ印象に残ったのは「信じる」という言葉です。本作は上巻の紹介にも書いたしたように、山神を追う刑事と三箇所で繰り広げられる、殺人犯 山神に似た男と暮らす人々の様を描いた作品です。そして物語の最初、上巻でこそ「殺人事件の犯人は誰なのか?」という問いに読者は頭を捻らせますが、下巻では著者の意図は犯人捜しにあるのではなく、「犯人に似た男」と暮らす人々の心の描写こそが書きたかったことなのだ、とわかります。そしてそのことに気付くと、物語がまた全く別の角度から見えてきます。

やや知恵遅れ気味の自分の娘を信じることができない父 洋平、普段は気にしない風を装いながらもゲイである自分に自信を持てない優馬、不幸な目に遭った泉に「自分を信じて欲しい」と言う辰哉。そしてその三人の前に現れる、殺人犯によく似た三人の男。彼は殺人犯なのか?違うのか?娘を信じることができない自分の弱さ、自分に自信がもてない弱さ、他人を信じる強さ。そうしたものと殺人犯によく似た三人によってもたらされる結末は、あまりにも滑稽であり、悲しくもあり、人間らしくもあります。人間としての弱さ。信じることのできない弱さ。無条件に信じてしまう弱さ。そうしたものを著者は読者に突きつけます。そしてその「信じること」を妨げる言いようのない世間からの目−抑圧に対して抱く弱き者の「怒り」。やはりこの著者は只者ではないな、と感じさせます。

怒りのあまりに行動を起こす洋平の娘 愛子、恐れから何もできない洋平、信頼を裏切られたという思いから行動する辰哉と、勇気を示す泉。三つの場面で三様の結末を見せるのですが、幸せな結末、というのがあまり提示されないのがやはり悲しいですね。特に本作の終わり方は、現実的ではあるのですが、やはりやりきれないものがあります。このあたりも「悪人」によく似ています。

抑圧された者の怒り、そして「信じる」ということの難しさ。
そんなことが物語を読み終えて心に残る作品です。特に本作では以下の二つの言葉が印象に残りました。


大切な人ができるというのは、これまで大切だったものが大切ではなくなることなのかもしれない。大切なものは増えるのではなく、減っていくのだ。

『馬鹿にしないで』


最初の言葉は家族を持つ身としては非常に実感できる言葉です。そして二つ目の言葉では作中では抑圧される者の叫びの声として使われています。

一つの殺人事件を軸として描かれた三者三様の物語。作中で刑事の北見が言っていますが、自分の近くにいる人を「殺人犯かもしれない」と疑わなければならない状況に至るまでには各人の中に様々な葛藤があるのではないかと思います。信じること。疑うこと。繰り返しになりますが、やはりここをこれだけしっかりと描ける吉田修一さんは凄い、と感じました。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2014年07月03日

読書日記492:怒り(上) by吉田修一



タイトル:怒り(上)
作者:吉田 修一
出版元:中央公論社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
殺人事件から1年後の夏。房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に田代が現われ、大手企業に勤めるゲイの優馬は新宿のサウナで直人と出会い、母と沖縄の離島へ引っ越した女子高生・泉は田中と知り合う。それぞれに前歴不詳の3人の男…。惨殺現場に残された「怒」の血文字。整形をして逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?『悪人』から7年、吉田修一の新たなる代表作!



感想--------------------------------------------------
芥川賞作家 吉田修一さんの作品です。「さよなら渓谷」、「パレード」、そして「悪人」と人の心理を鋭く抉る、評価の高い作品が多いです。これらの作品はどれも映画化もされています。特に「悪人」と「パレード」は印象に残る作品でした。

八王子市郊外で夫婦が惨殺される事件が発生。犯行現場には血で「怒」という字が残されていた。犯行後、すぐに犯人は特定されるが、逮捕に結びつかないまま時が過ぎていく。そして一年後、場所もつながりもない三人の男女の前に、三人の男が現れる。彼らの中に、犯人はいるのか−?

上下巻のまだ上巻だけですが、この著者らしい、生々しい人の描写を多く含んだ作品です。人物を描いているだけなのに、その人間の生き物としての生々しさが臭ってくるようです。

物語は夫婦惨殺事件を軸に、つながりのない三箇所での物語が場面を変えながら展開していきます。風俗で働いていた娘を連れ戻しにいった洋平、末期癌の母を抱えながらもゲイとして奔放にに生きる優馬、母と福岡の家から夜逃げして沖縄に移り住んだ泉。誰もがそれぞれの理由で生活に苦しみ、それでも生きていきます。そしてその三組の前に三人の男が現れます。一人は娘の想い人として、一人はゲイの相手として、そして一人は不思議なバックパッカーとして−。物語は三組の場面描写と、各場面での主要人物の描写に終始し、殺人事件との関連は時として忘れてしまいながらも進んでいきます。

縦に並んだ三つのほくろ、左利き−。そうした犯人の特徴と三人の特徴を微妙に重ねながら、読者に「この中の誰が犯人だろうか?」と思わせながら物語は進んでいくのですが、この辺りは非常にうまいですね。そして物語のタイトルにもなっている「怒り」ですが、この意味はまだ上巻を読んだだけだとわかりません。ただ、三組の人間が三組とも何かしら抑圧された部分を持っていますので、ここが下巻では「怒り」に繋がってくるのかな、と感じながら読み進めていました。

「俺はお前を疑っている」と疑っている奴に言うのは、「俺はお前を信じている」と告白しているのと同じことなのかもしれない。

冷徹に場面描写と登場人物の心理を積み重ね、その中で重要な一言をさらっと述べていくところはさすが芥川賞作家、と思わされます。上の文など、ともするとさらっと読んでしまいそうになりますが、かなりのポイントで、そこを気負わせず読者に読ませる辺りがまたうまいな、と感じたりします。場面描写と心情描写がしっかりしているため、物語に入り込み易く、曖昧なところがないまましっかりと読み進めていくことができるんですね。

本作、ここまでは「パレード」や「悪人」ほどではないですが、読み応えはあり、吉田修一さんらしい作品だと感じています。引き続き、下巻も読もうと思います。まだうっすらとした繋がりしか見えませんが、三場面がどのように殺人事件と絡んでくるのか、楽しみです。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):


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2011年09月07日

読書日記295:静かな爆弾 by吉田修一



タイトル:静かな爆弾
作者:吉田修一
出版元:中央公論新社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
テレビ局に勤める早川俊平はある日公園で耳の不自由な女性と出会う。音のない世界で暮らす彼女に恋をする俊平だが。「君を守りたいなんて、傲慢なことを思っているわけでもない」「君の苦しみを理解できるとも思えない」「でも」「何もできないかもしれないけど」「そばにいてほしい」。静けさと恋しさとが心をゆさぶる傑作長編。



感想--------------------------------------------------
吉田修一さんの作品です。五年ほど前に連載されていた作品ですね。

TV局に勤める私は、外苑の中で耳の不自由な女性、響子と出会った−。

吉田修一さんらしい、いろいろなことを暗示させる作品です。
主人公は外苑で出会った耳が不自由な響子と付き合うようになります。そして付き合ううちに、耳が不自由であるということの持つ本当の意味を理解していきます。また一方で、バーミヤン遺跡の爆破ドキュメンタリ番組製作の仕事のため、海外を奔走するようになり、響子との距離が離れていきます。

本作のポイントは「知っている」ということと、「伝える」ということのように感じられました。
本書で印象に残った場面に、花見の場面があります。花見に出かけた主人公と響子は酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれます。しかし耳の不自由な響子は彼女のまさに背後で繰り広げられている殴り合いの喧嘩に気がつくことができません。あわや巻き込まれる、というところで、間一髪助かりますが、響子は最後まで何も気付かぬままです。

この部分が本書の特徴をよく現していると思います。
自分のすぐ側まで迫っている危機、人はそういった危機に最後の最後まで気付くことができません。それは耳の不自由な響子に限らず、世間一般の人がそうだ、と言っているように見えます。本書で語られるバーミヤン遺跡爆破という暴挙。インタビューを繰り返すうちに誰も本当はそんなこと望んでいなかったのに結果としてもたらされたのだ、ということが分かってきます。自分のすぐそばまで危機が迫っているのに、実際に起こるまでは誰もそれが実際のことになるとは思わないのですね。

もう一つ、印象的なのが作品の最後で現れる神宮球場の場面です。スタンドから大声で応援を繰り広げる人の姿。人、人、人…。その姿を作者はあまり好意的には描いていないようですね。誰に伝えたいのか?特にTVなどでは伝える相手というのは「大衆」といった漠としたものに成りがちですが、本来はそうではなく、特定の「個」を持った個人の集合なのでしょうね。その違いは大きそうです。

漠然としたものが実体となったときに現れる怖さ−なんとなくそんなことが頭に浮かぶ作品でした。作品自体は吉田修一さんの作品らしいのですが、あまりメリハリは感じられないので、退屈と感じる人もいるかもしれません。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2010年11月24日

読書日記242:横道世之介 by吉田修一



タイトル:横道世之介
作者:吉田修一
出版元:
その他:

あらすじ----------------------------------------------
楽しい。涙があふれる。本年最高の傑作感動長編!
「王様のブランチ」「朝日新聞」ほか多数メディアで激賞。

横道世之介。
長崎の港町生まれ。その由来は『好色一代男』と思い切ってはみたものの、限りなく埼玉な東京に住む上京したての18歳。嫌みのない図々しさが人を呼び、呼ばれた人の頼みは断れないお人好し。とりたててなんにもないけれど、なんだかいろいろあったような気がしている「ザ・大学生」。どこにでもいそうで、でもサンバを踊るからなかなかいないかもしれない。なんだか、いい奴。

ー世之介が呼び覚ます、愛しい日々の、記憶のかけら。
名手・吉田修一が放つ、究極の青春小説!


感想--------------------------------------------------
悪人」、「パレード」、「パークライフ」などヒット作を次々と出している吉田修一さん。本作はその吉田修一さんの作品です。本作は本屋大賞の候補にもなりました。

十八歳で東京の大学に通うために上京した横道世之介。お人好しでどこか抜けた彼は周囲の人を巻き込みながら大学生活を過ごしていく−。

本作は主人公:横道世之介の大学一年生の一年間を追った物語です。時代は八十年代、バブル絶頂期で日本が自信に満ちていた時代のお話です。大学に入学し、バイトに恋にサークルに大忙しの世之介。そんな彼でも一年を通じて少しずつ成長していきます。

主人公である横道世之介の個性の描き方がうまいですね。どこか周りと波長がずれていて、それでいて憎めない。図々しいのに悪気は無い。本人は一生懸命なのに周りは笑ってしまう。クラスに一人はこんな人がいるなあ、って思わせるキャラクターです。また世之介の故郷、長崎と東京の対比もいいですね。自然に満ちた長崎と物が満ち溢れあわただしく時間が過ぎていく東京。バブル絶頂期の日本を背景に人生で最も楽しい時間が過ぎて行きます。

本作は基本的に横道世之介を中心に話が進むのですが、ところどころで舞台が現代の日本に移ります。八十年代当時に世之介の周囲にいた人の現在を描きつつ、世之介の姿と共に当時を懐かしみます。そして物語には一つの大きなサプライズが待ち受けています。

本作、横道世之介の物語なのですが、この現代と八十年代の対比と過去への回想を取り入れることで、物語が格段に深く、面白くなっています。大人になった今から振り返ると全てが輝いていた大学時代と、その大学時代の思い出と共に甦る横道世之介の姿。誰しも振り返った過去の中には、本作の世之介のような、思い出と共に甦る人の一人や二人、いるのではないでしょうか。そんな過ぎ去った青春時代を思い起こさせる作品です。

本作は八十年代に青春時代を過ごし、今まさに四十台になる人たち向けの作品ですね。家庭と仕事に終われ何も見えなくなってしまった人にこそ読んで、あの青春時代を誰かの姿と共に思い出して欲しい。そんな作者の思いが伝わってくる作品です。これまでの吉田修一さんの作品とは随分と趣が違いますが、物語のうまさ、文章の巧みさはやはりこの作者ならではです。

本作、最後は少ししんみりとした終わり方です。でも最後のページの言葉は胸に響くものがあります。こんな楽しい人が周りにいたら、あまり係わり合いにはなりたくないけれど、ちょっといいかな、って思わせる作品でした。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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2010年09月08日

読書日記225:パークライフ by吉田修一



タイトル:パーク・ライフ
作者:吉田修一
出版元:文藝春秋
その他:

あらすじ----------------------------------------------
公園にひとりで座っていると、あなたには何が見えますか?スターバックスのコーヒーを片手に、春風に乱れる髪を押さえていたのは、地下鉄でぼくが話しかけてしまった女だった。なんとなく見えていた景色がせつないほどリアルに動きはじめる。日比谷公園を舞台に、男と女の微妙な距離感を描き、芥川賞を受賞した傑作小説。


感想--------------------------------------------------
吉田修一さんの作品です。本作は芥川賞を受賞した表題作「パークライフ」と「flowers」の二作から成ります。「パレード」、「悪人」が私的に素晴らしかったので本作も読んでみました。

日比谷公園に通う主人公はふとしたことから同じように公園に通う女性と話をするようになる−。

表題作の「パークライフ」は日比谷公園に通う男の日常を描いた作品です。
ふとしたきっかけで会話をするようになった日比谷公園に通う女性、結婚することになった片想いしていた女性、家にやってきた母親。彼ら、彼女らとの微妙な距離感と、その日常の些細な変化を日比谷公園という舞台を用いて巧みに描いています。この描き方は絶妙です。これはおそらく吉田修一さんにしかできないでしょうね。

吉田修一さんの作品を読んでいて特に最近感じるのですが、この方の作品は文章それ自体が素晴らしいですね。筋書きや登場人物の設定ではなく、文章自体の質が非常に高いため、文章を読んでいるだけで作品に引き込まれていきます。一文一文が割りと長めで段落の切れ目もなく続いていくのに、文章を読んでいて違和感を感じさせません。日比谷公園に通う主人公の日常を描いた「パークライフ」と不思議な男、望月元旦に振り回される配送業の男を描いた「flowers」。どちらも凡庸な書き手では作品にさえならないような些細な出来事なのに、吉田修一さんの手にかかると凄い作品に仕上がります。

「作品に凄みがある」
これも吉田修一さんの作品を読んでいて感じることです。「flowers」、「パレード」、「悪人」。これらの作品では特にそれを感じます。文章表現それ自体が素晴らしい上に、物語の印象を根底から引っ繰り返すような仕組みがこれらの作品、特に「flowers」と「パレード」には仕掛けられていて、読み手に戦慄を感じさせます。作品に文章に、迫力があります。

 いったいどうやったらこんな文章が書けるのでしょうね。吉田修一さんの作品を読んでいると、フィクションのはずの小説なのに、まるで実際に自分が体験しているようなリアルさを感じます。そしてその表現があまりにもリアルなため、表現自体が形を、色を持って目の前に浮かんできます。特に「flowers」の終わり近くのクライマックスの場面は凄いですね。舞い散る花びらの色が鮮やかに眼に浮かんできました。この表現力は凄いですね。リアルであり迫力があり、凄みがある−。作品が面白いわけですね。

 吉田修一さんは最近、私の中で一押しの作家さんです。先日、近くの本屋に行ったら吉田修一さんの本のフェアをやっていました。9/11から「悪人」が映画で公開されますし、今、最も面白い作家さんの一人だと思いました。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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