2015年07月18日

読書日記549:ローマ人の物語〈31〉終わりの始まり〈下〉



タイトル:ローマ人の物語〈31〉終わりの始まり〈下〉
作者:塩野 七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
失政を重ねたコモドゥスは暗殺され、ローマは帝位を巡って5人の武将が争う内乱に突入した。いずれもマルクス・アウレリウスの時代に取り立てられた彼らのうち、勝ち残ったのは北アフリカ出身のセプティミウス・セヴェルス。帝位に登った彼は、軍を優遇することで安全保障体制の建て直しを図る。だがそれは、社会と軍との乖離を促すものでもあった。衰亡の歯車は少しずつその回転を早めていく。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の31巻です。「終わりの始まり」の下巻ということで、賢帝と呼ばれたマルクス・アウレリウスの時代が終わり、その息子で失政を重ねたコモドゥスの時代も終わり、内乱の時代へと突入しいきます。

コモドゥスの後を継いだペルティナクスが87日間、その次のディディウス・ユリアヌスが64日間の在位で殺されていきますが、この辺り皇帝の座に付き権力を握ることを目指すということは常に死と隣り合わせの危険を孕んでいることがわかります。まあ普通の神経の持ち主なら皇帝につこうなどと思わないでしょうから、このあたりのリスクは承知なのでしょうが。

二人の後を継いだのは皇帝セヴェルスであり、ここから本格的にローマの衰退が始まります。元老院は力を失い、皇帝に意見することもできず、セヴェルスの独裁が続いていきます。そして軍の優遇をはかることで、軍が孤立して力を持つようになり、後々の軍部の独走を許すことになっていきます。善意から始められたことが、結果として悪に帰結する。この部分の著者の言葉は面白いですね。


”もしかしたら人類の歴史は、悪意とも言える冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機ではじめられたことの失敗例で、おおかた埋まっていると言ってもよいのかもしれない。善意が有効であるのは、即座に効果の表われる、例えば慈善、のようなことに限るのではないか、と”


「どこまでシビアに物事を見ているんだ、この著者は」と思わずにもいられないですが、一般人よりも遥かに人の世の歴史を見つめてきた人の言葉だけに、一笑に付すわけにもいきません。何事も思い通りにはいかない。当初の狙いとは全く別のところに帰結する。こうしたことが世の中の大半を占めているとすると、人は相当に強い意志を持たない限り、歴史に翻弄されるだけではないのか、とも感じてしまいますね。

セヴェルスの後を継いだのは大浴場で有名なカラカラ帝です。しかしこの人も奥さんを追放したあげくに殺し、弟も殺し、と常に血の臭いのつきまとう人のようです。次巻からは「迷走する帝国」ということでますますローマ帝国の衰退が加速していきます。多いと思っていた「ローマ人の物語」も、もう四分の三を読みました。あと少し、ここからは衰退の歴史になりますが、続けて読んでいこうかと思います。




総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年05月30日

読書日記542:ローマ人の物語〈30〉終わりの始まり〈中〉



タイトル:ローマ人の物語〈30〉終わりの始まり〈中〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
弟ルキウスの死後、単独の皇帝として広大や帝国を維持すべく奮闘するマルクス・アウレリウス。その後半生は蛮族との戦いに費やされ、ついにはドナウ河の戦線で命を落とすという運命を辿る。さらにマルクスは、他の賢帝たちの例に従わず、後継者に実子コモドゥスを指名していた。そしてこれが、コモドゥス即位後の混乱を生む土壌となる―「パクス・ロマーナ」はもはや過去のものとなってしまうのか。

感想--------------------------------------------------
「ローマ人の物語」の三十巻です。「終わりの始まり」の中巻ということで、五賢帝の最後、マルクス・アウレリウス帝とその跡を継いだコモドゥス帝の治世の話です。五賢帝が退場し、徐々に衰退が加速していきます。

哲人皇帝の二つ名が表すとおり、倫理観が非常に高く、公明正大であったマルクス・アウレリウス帝。しかし彼の治世は、彼にとって不幸なことに、北方の蛮族や東方のパルティアとの戦闘に終始します。

持病を押しながら、自身の性格とは裏腹に戦い続けたマルクス・アウレリウス帝は、傍から見ていると著者も記しているように「なんでこんな人生を送らなければならなかったのか」と思わされます。しかしそれでも尊敬を集め続けることができたのは一重に彼の性格のおかげなのでしょうね。本書を読んでいる限り、カエサルやアウグストゥスはおろか、同じ五賢帝のトライアヌスやハドリアヌスほどの器は感じさせませんが、まさに「正義の人」という印象の皇帝です。

そしてその跡を継いだコモドゥス。どの時代の誰の眼からも悪帝と断ぜられてしまう皇帝です。―しかし本書を読んでいると、彼のような人物が出てきてしまったのは必然とも思えてしまいます。平和な時代を謳歌していたアントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス時代に、いまそこにない危機を予測し、対策を立てることができていたら、大きく変わっていたのでしょうね。平和を謳歌し、ローマに引きこもっていたアントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの二人の皇帝がこの危機を招いた遠因、という著者の主張は納得できます。

このコモドゥス帝は映画「グラディエーター」にも悪帝として登場しますね。家族をコモドゥス帝に殺されたラッセル・クロウ演じる剣闘士が復讐を果たす物語ですが、政治に関与せず、剣闘士皇帝との異名を取ったコモドゥス帝はどこまでいっても悪帝ですね。。。

しかしこの巻を読んでいると、本当に「平和なときに有事を想定して備える」ということの積み重ねは重要だと納得させられます。そしてまた、我々はきっとこのようなことは世代を超えても学ぶことができていないのだろうな、ということにも気付かされます。

この百年ほどで文明は地球規模で目覚しい進歩を遂げていますが、このようなある程度の期間を経ることで学ぶような歴史的な経験においては、まだまだ学ぶべきことは多々あるのではないかと感じます。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年04月26日

読書日記537:ローマ人の物語〈29〉終わりの始まり(上)



タイトル:ローマ人の物語〈29〉終わりの始まり(上)
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
2世紀後半、五賢帝時代の最後を飾る皇帝マルクス・アウレリウスが即位した。弟ルキウスを共同皇帝に指名した彼に課されたのは、先帝たちが築き上げた平和と安定を維持することであった。だがその治世は、飢饉や疫病、蛮族の侵入など度重なる危機に見舞われる。哲学者としても知られ賢帝中の賢帝と呼ばれた彼の時代に、なぜローマの衰亡は始まったのか。従来の史観に挑む鮮烈な「衰亡史」のプロローグ。

感想--------------------------------------------------
「ローマ人の物語」の二十九巻です。「終わりの始まり」の上巻ということで、いよいよローマ帝国の衰退が始まります。しかし本巻で語られるのは五賢帝の最後の一人にして賢帝の中の賢帝とも呼ばれるマルクス・アウレリウス。なぜ彼の時代に衰退が始まったのか、興味深く読みました。

弟のルキウスと共同統治を始めたマルクス・アウレリウス。しかし彼の時代には東方のパルティアの侵攻やペスト、蛮族の侵入など様々な困難が押し寄せます。ここで著者が言うのは、「平穏なときに、有事を想定して準備しておくことの重要性」です。簡単に言うと、マルクス・アウレリウスとその前の皇帝であるアントニヌス・ピウスはあまりにも平和な世だったため、この有事を見越しての備えを怠ってきた、ということのようです。

トライアヌス帝のように戦争も経験せず、ハドリアヌス帝のように帝国中を見て回ることもしなかった上に書いた二人の皇帝は、そのために帝国の実情をその眼で見て理解することができていなかったようですね。それでも非常に優れた皇帝であったため、さらにはローマの国力がまだ落ちていなかったがために、蛮族の侵入も、パルティアの侵攻も、なんとか切り抜けていきます。

この「世の中を見て回ることの重要さ」というのは身に染みる言葉ですね、、、。今の世の中、日進月歩で世界が変わりつつありますが、日本でそれを肌で感じることはなかなかに難しいことだと感じます。かつては栄光を手にした日本が、栄華を誇ったローマと少しかぶって感じられました。

蛮族の侵入を許し、それまで当たり前に享受していた「平和」の重要性を認識し始めたローマ帝国。それでもマルクス・アウレリウス帝の時代は優れた皇帝とまだまとまっていたローマの国力で切り抜けていきますが、さらにその後、次巻以降では国力の衰えが目立ち始めるようです。

史実を読みながらもそこに人々のドラマを感じずにはいられない、この塩野七生版ローマ史は相変わらず、非常に面白いです。著者の客観と主観を適度に織り交ぜた語り口が生きていることは言うまでもありません。また実際にローマに暮らし、当時に想いを馳せながら描いていることも物語を壮大に感じさせる要因かもしれません。次巻も楽しみに読みたいと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年01月31日

読書日記526:ローマ人の物語〈28〉すべての道はローマに通ず〈下〉



タイトル:ローマ人の物語〈28〉すべての道はローマに通ず〈下〉 (新潮文庫)
作者:塩野 七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
広大な版図に街道網を整備し、「インフラストラクチャーの父」とも讃えられる古代ローマ人。しかし、彼らが重視したのは、いわゆる公共事業的なインフラだけではない。教育や医療といった「ソフトなインフラ」においても、ローマは他の民族に先駆けて様々な制度を確立していた。「ローマによる平和」を人々が享受できた背景には、これらの社会基盤の充実があったのだ。一千年の栄華を誇った古代ローマ、その繁栄の秘密が明らかになる。

感想--------------------------------------------------
「すべての道はローマに通ず」の下巻です。ローマのインフラを紹介する上下巻で、上巻ではアッピア街道に代表される「道」や「橋」を扱っていたのに対し、本巻では「水道」とソフトなインフラである「教育」や「医療」を主に扱っています。

本巻を読んで、まずは今から二千年近く前の時代とは思えないほどのインフラの充実ぶりに驚嘆せざるを得ません。特に水道に関しては、石造の水道であるにもかかわらず、生活に十分な量の水をしかも非常に清潔なまま提供してきたことに驚きます。生活基盤とも呼べるインフラの充実が、ローマの繁栄の要因であったことは間違いないようです。

また教育、医療も整っていたようです。医療は、ローマ独自の死生観もあるかと思いますが、軍団の所属する大都市には大病院を用意しつつもローマには大病院はなかったことも興味深いです。

本巻にも数々のローマ時代の遺跡の写真が掲載されており、これをみているだけでも楽しいですね。水道橋や競技場跡などどれもスケールが大きく、これをろくに機械もない二千年前に作ったのかと思うと、本当に感嘆します。

むしろローマ時代よりもその後のキリスト教が支配する時代の方がインフラや制度への考え方は退化しているようにさえ感じます。人間や社会といったものへの思い、造詣が深かったのがこの時代のように感じられます。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
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2015年01月07日

読書日記521:ローマ人の物語〈27〉すべての道はローマに通ず〈上〉



タイトル:ローマ人の物語〈27〉すべての道はローマに通ず〈上〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
古代ローマの歴史には多くの魅力的な人物が登場するが、もう一つ、忘れてはならない陰の主役が、インフラストラクチャーである。「人間が人間らしい生活を送るためには必要な大事業」であるとその重要性を知っていたローマ人は、街道を始め様々な基礎的システムを整備してきた。現代社会にとっても欠くことができないこれらのインフラは、すべてローマに源を発している。豊富なカラー図版も交え、ローマの偉大さを立体的に浮かび上がらせる。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の二十七巻です。「すべての道はローマに通ず」ということで、この巻ではローマの繁栄の鍵でもある、ローマ街道をはじめとするインフラストラクチャーについて書かれています。

この巻は、これまでの巻と違い歴史の進みを記すのではなく、道路や端といったインフラストラクチャーそのものと、そのインフラへのローマ人の考え方について書かれています。これまでの巻と違って写真などの図解資料が多く、これはこれで非常に興味深い内容になっています。

インフラ、特に道に対するローマ人の考え方で特に印象に残った点は二つです。
まず一つ目は、インフラの設立を完全に国の仕事、ととらえていた点です。日本の高速道路のように通る人からお金を徴収する、という考えは皆無で、完全に国庫からの支出でメンテまで含めて賄っていたようです。国の繁栄のためにはインフラ整備は欠かせない、ということで国の繁栄とインフラを直結させて考えていたローマ人の考え方がよくわかります。

二つ目は、ローマ人の考え方が非常に「開いていた」点です。
アッピア街道をはじめとするローマ街道の多くは軍事をも目的として設立されているようです。各拠点間の往復が素早くできればもちろん軍事上優位であることは疑いようも無いのですが、一方で敵に攻め込まれたときはこの街道が敵に利してしまいます。一長一短の街道整備ですが、しかしローマ人は例えそうであっても、街道を整備する方向を選んだようですね。このあたり、閉じることなく開いていく、敵であっても同化してしまうローマ人らしいとも感じました。

この時代に建設された街道や橋は今でも残っており、そのままメンテして使われているところもあるそうです。二千年近くの時を経て、いまだに残り続けるこのインフラは凄いものだ、と感じます。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
posted by taka at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ人の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする