2016年02月21日

読書日記580:ローマ人の物語〈36〉最後の努力〈中〉



タイトル:ローマ人の物語〈36〉最後の努力〈中〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
紀元305年、ディオクレティアヌスが帝位から退き、新たに指名された四人の皇帝による第二次四頭政がはじまる。しかし、その後六人もの皇帝が乱立。その争いは内乱の様相を呈する。激しい政治闘争と三度の内戦ののちに勝ち残ったのは、東の正帝リキニウスと、のちに大帝と呼ばれることになる西のコンスタンティヌス。二人は共同で「ミラノ勅令」を発布し、一神教であるキリスト教を公認した。こうしてローマの良き伝統は跡形もなく崩れ去った。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の三十六巻です。四頭政を敷き、外敵の侵攻からローマを守る事に成功した皇帝ディオクレティアヌスが帝位を退いたところから本巻は始まります。本巻は内乱の時代を描いており、久しぶりに戦闘の描写の多い巻となっています。

一時期は六人もの皇帝が乱立する状況だったローマ帝国ですが、最後に勝ち残ったのは「大帝」と呼ばれるコンスタンティヌス。そして彼は有名なミラノ勅令を発し、キリスト教を公認します。外敵の脅威は少なくなったものの内乱の時代は続いていきます。同じ国の人間同士が殺し合う戦争は、その国の人間にとってはたまらないでしょうね。。。

セヴェルス、マクセンティウス、マクシミヌス・ダイア、マクシミアヌス、と一時は皇帝まで上り詰めた者たちは、皆、自死や戦死、謀殺などにより退場していきます。五賢帝時代とは異なった荒廃の時代ですね。掲載されている「パッチワークの凱旋門」と呼ばれるコンスタンティヌス帝が凱旋した際に贈られた、様々な時代の建築物をつなぎ合わせた凱旋門では、時代の新しい部分よりも古い部分の方がよいできです。人の世は、時代が進むにつれて必ずしも良くなるわけではなく、むしろ繁栄していた時代の方が、その先の時代よりも様々な面でよくなることを示しているように感じられます。

五賢帝時代と呼ばれる平和と繁栄の時期を過ぎ、衰退の時期、人間で言うと老齢の時期に入ったローマ帝国。本書を読んでいると、人と同じように国にも一生があり、その一生の最後では国はどろどろの状態に陥っていくように感じられますね。

話が飛躍しますが、翻って昨今の世界情勢を見ると、どの国も永遠に続くことを、経済も政治も成長することを前提としているように感じられます。


「今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡という、偉大なる瞬間に立ち会っている。だが、この今、わたしの胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀感なのだ」


紀元前にカルタゴを滅ぼした際にローマの将軍、スキピオ・エミリアヌスが残した言葉ですが、まさにこの瞬間が近付いています。永遠に続く者はない、という理に従うとすると、人も、国も、人類という種も、さらには地球や宇宙でさえもいつかは滅びの瞬間を迎えます。「いかに滅びの瞬間を先送りにするか」を考える事も必要ですが、「いかに悲劇を抑えて滅びを迎え、次の世代に渡していくか」を考えることも重要だな、と本巻を読むと感じたりもします。歴史から何かを自分の事として学ぶ事はなかなか難しいですが、少なくとも価値は十分にありそうです。

しかし、本巻を読んでいて哀れだったのは帝位を譲り隠居したディオクレティアヌスです。一時は帝国で最高の権力を握りながら、隠居したがために家族を殺され、誰も言う事を聞かなくなり。。。と散々な状況で、権力は握り続けないと駄目なんだな、って感じたりもして、権力に固執する人がいる理由も納得できたりしました。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2016年01月09日

読書日記574:ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉



タイトル:ローマ人の物語〈35〉最後の努力〈上〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
ローマの再建に立ち上がったディオクレティアヌス帝は紀元293年、帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて統治するシステム「四頭政」(テトラルキア)を導入した。これによって北方蛮族と東の大国ペルシアの侵入を退けることに成功。しかし、膨れ上がった軍事費をまかなうための新税制は、官僚機構を肥大化させただけだった。帝国改造の努力もむなしく、ローマはもはや、かつての「ローマ」ではなくなっていく―。

感想--------------------------------------------------
全四十三巻のローマ人の物語も残すところ数巻となってきました。「三世紀の危機」と呼ばれた国が三分される危機を乗り越え、短命の皇帝が続く時代も乗り越え、ローマは皇帝ディオクレティアヌスが治める絶対君主制の時代へと移っていきます。

本巻を読むと、同じ「ローマ帝国」でもカエサルやアウグストゥスの治めていた時代とは大きく変わってきている事がよくわかります。はじめに国民ありきで成り立っていた元首制のローマ帝国が、はじめに国ありきの絶対君主制のローマ帝国へと移行していきます。

本巻を読むと、ずいぶんと帝国自体が住みにくい時代になったのだろうな、と感じさせます。撃退したとはいえ常に蛮族や外国の脅威にさらされ、税金は高くなり、統制や圧力が厳しい世の中になっていったのだから当然でしょうね。四人の皇帝が治める四頭制の時代は外敵から国を守るにはうまく機能しますが、その分、国の維持に金がかかり、小さな政府から大きな政府へと変わっていきます。

過去のローマはもっと曖昧さや自由を許容していた雰囲気があるのですが、もうこの時代になると国も県単位で細かく統治され、非常に厳密な、曖昧さを許さない、システマチックな国になってきていると感じます。…読みながら、なんか最近の世の中に似ているな、と感じました。確かに便利になり、効率的にはなっているのでしょうが、曖昧さを許さない世の中は窮屈で、生きにくさを感じます。

カエサルやアウグストゥスの時代には、税金だけではとても公共整備は成り立たず、公共事業は私人の社会還元とも呼ばれる寄付でまかなわれていた、と書かれています。要するに、大金持ちが自腹を切って国のために尽くす訳ですが、このような慈善事業が当たり前に行われていた点が、生き方に余裕のあった時代だったのだな、と感じさせます。システムを作り、細かく制度を定めて統制してお金を徴収せざるを得なかった時代と、一個人の心にゆだねることで金をまかなう事ができた時代。本書には書かれていませんが、人としての生き方や考え方にも二つの時代では大きな違いがあったのだろうと想像させられます。そしてこれは現在にも通じる考え方ではないかと感じます。契約などに代表される「仕組み」「取り決めごと」「システム」というものは厳然として確かではあるのですが、良くも悪くも人の心の入り込む余地を奪うため、これらが支配する世界は人の心の通わない、どこか冷たい世界になっていきます。まさにこれがこの三世紀末のローマ帝国なのだろうな、と感じます。


人は自分が一度犯した間違いから学ぶ事はできますが、他人の犯した間違いから学ぶ事は、なかなかできないのではないか、とも感じました。それが「歴史は繰り返す」という言葉に繋がっていくのだと思うのですが、この「他人の失敗から学ぶ」ということをできるようになる事が、人類の進歩の目安になるんじゃないか?、なんて考えたりもします。他人の失敗から学ぶ、つまり歴史から学ぶ事で、繁栄と滅亡というスパイラルから抜け出していくことができるのではないだろうか?なんて考えたりもします。ローマ帝国はこの百年あまり後に蛮族により滅ぼされます。繁栄と滅亡は避けられない流れだとしても、悲劇をなるべく回避できる方法を過去の歴史から学べたりしないんだろうか?それが現在の多くの国に求められている事なのではないだろうか?なんて考えたりもした巻でした。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年12月06日

読書日記569:ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉



タイトル:ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉
作者:塩野 七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
疫病の流行や自然災害の続発、そして蛮族の侵入といった危機的状況が続く中、騎兵団長出身のアウレリアヌスが帝位に就く。内政改革を断行するとともに、安全保障面でも果断な指導力を発揮し、パルミラとガリアの独立で三分されていた帝国領土の再復に成功。しかし、そのアウレリアヌスも些細なことから部下に謀殺され、ローマは再び混沌のなかに沈み込んでいく。のちに帝国を侵食するキリスト教も、静かに勢力を伸ばしつつあった。

感想--------------------------------------------------
「ローマ人の物語」の34巻です。<迷走する帝国>の下巻ということで「三世紀の危機」と呼ばれる蛮族の侵入や帝国三分の危機が描かれています。崩壊一歩手前まで追い込まれている、という印象ですね。

ガリア帝国、パルミラ王国とローマ帝国内に二つの国ができてしまった危機を乗り越えられたのは、皇帝アウレリアヌスのおかげですが、彼もまた謀殺されてしまいます。この時代は本当に皇帝一人の治世の期間が短く、しかもほとんど全員が殺されていくため、皇帝になるのも命がけだったのでは、と思います。

またこの巻では特にローマの「非ローマ化」が進んでいく様がよくわかります。重装歩兵から騎兵を中心に軍を組み替え、攻めるよりも攻め込まれた際の対応を重視するようになってきたあたり、ローマの国力がだいぶ落ちていることがわかります。

迷走する帝国は次第に国力を衰えさせながら、大帝コンスタンティヌスの時代へと近付いていきます。次巻も楽しみです。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年10月10日

読書日記562:ローマ人の物語〈33〉迷走する帝国〈中〉



タイトル:ローマ人の物語〈33〉迷走する帝国〈中〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
カラカラ帝が東方遠征の最前線で、警護隊長の手によって殺害されるという事件が起こって以降、兵士たちによる皇帝謀殺が相次ぎ、元老院に議席を持たない将官出身の「軍人皇帝」が次々に現れては消える、危機の時代が続く。かくしてローマは政略面での継続性を失い、ついにはペルシアとの戦いの先頭に立っていた皇帝ヴァレリアヌスが敵国に捕縛されるという、前代未聞の不祥事がローマを襲う。帝国の衰亡はもはや誰の眼にも明らかだった。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の第三十三巻です。「迷走する帝国」の中ということで、いよいよローマ帝国の衰退が加速していきます。

内輪もめで次々と皇帝が即位しては殺され、国力が弱っていくのが本巻です。紀元三世紀の危機と呼ばれる時期ですね。北方からは蛮族が侵攻し、東方からはパルティアに代わったササン朝ペルシャが侵攻し、国内では疫病が流行り、とまさに泣き面に蜂状態です。

もうここまでくると、皇帝の名前も覚えきれなくなりますね。戦闘で殺される皇帝、戦闘で捕虜として捕まる皇帝など、これまでにはなかった状況が勃発していきます。このあたり、ローマ皇帝という存在自体がこれまでの存在と大きく変わってきていると感じます。

平和は最上の価値だが、それに慣れすぎると平和を失うことになりかねない。


本巻の一文です。パクス・ロマーナ時代のローマは平和ではありつつも、外敵に対する防御をしっかりと行なっていましたが、この時代のローマは外部に対して弱腰の外交対応が多くなり、それが危機を招いてきているようです。平和とはただで手に入るものではない、という認識が徐々に薄れ、さらに内戦などが重なってこのような事態になってきたのでしょうね。非常に深い文だと思います。

崩壊の一歩手前まで進んだローマ帝国。ここからどのように建て直しを図っていくのか、次巻も楽しみに読んでみたいと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
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2015年09月03日

読書日記556:ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉



タイトル:ローマ人の物語〈32〉迷走する帝国〈上〉
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
建国以来、幾多の困難を乗り越えながら版図を拡大してきた帝国ローマ。しかし、浴場建設で現代にも名前を残すカラカラの治世から始まる紀元三世紀の危機は異常だった。度重なる蛮族の侵入や同時多発する内戦、国内経済の疲弊、地方の過疎化など、次々と未曾有の難題が立ちはだかる。73年の間に22人もの皇帝が入れ替わり、後世に「危機の三世紀」として伝えられたこの時代、ローマは「危機を克服する力」を失ってしまったのか。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の32巻ということで、ここから「迷走する帝国」の章に入ります。カラカラ帝の治世から始まる三十年足らずの世ですが、徐々に帝国が衰退していく様がわかります。

カラカラ、マクリヌス、ヘラガバルス、アレクサンデル・セヴェルスと四人の皇帝が次々と帝位につくこの時代ですが、そのいずれもが謀殺されていきます。本巻の最初に書いてある表が興味深いですね。これまでの二百四十年間で帝位についたのが十五人+αなのに対し、この巻からはじまる「危機の三世紀」では七十三年で実に二十二人の皇帝が即位し、そのほとんどが天寿を全うできていません。まさに動乱の時代です。

本巻を読んでいると感じるのですが、もう皇帝に「皇帝」としての威厳や尊厳さえも感じられなくなりますね。カエサルやアウグストゥスの時代や、五賢帝時代の皇帝とはその質も、意味も、大きく違っているように感じられます。「とりあえずその血筋にいたから」「その場にいたから」的な流れで皇帝になる人もいて、皇帝に十分な資質を持っていたとも思えない人も多いです。

この巻の最初で語られるカラカラですが、「全員にローマ市民権を与える」という画期的な施策をとることで、さらにローマを滅亡へと一歩、近づけていきます。取得権を既得権にすることで、ローマ市民というもののあり方自体をかえてしまったのですね。あまり考えずに行った大規模な改正が後々の時代にて大きな災いを引き起こす例でしょうね。

東方ではローマの長年の敵だったパルティアが滅び、ササン朝ペルシャが台頭してきます。時代が新しい動きを見せている中で、なかなか対応できないローマ帝国は、その混迷の度合いをますます深めていきます。ここからは衰退史となるので、読んでいるのがだんだんとつらくなってきますね。長く続いたローマ人の物語も、あと十巻あまりです。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
posted by taka at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ローマ人の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする