
タイトル:列
著者:中村文則
出版社:早川書房
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男はいつの間にか、奇妙な列に並んでいた。
先が見えず、最後尾も見えない。そして誰もが、自分がなぜ並んでいるのかわからない。
男は、ある動物の研究者のはずだった。
現代に生きる人間の姿を、深く、深く見通す――。
競い合い、比べ合う社会の中で、私達はどう生きればいいのか。
この奇妙な列から、出ることはできるのだろうか。
ページをめくる手が徐々に止まらなくなる、最高傑作の呼び声も高い、著者渾身の一作。
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中村文則さんの作品です。「教団X」などの作品で有名な作家さんです。全体で百五十ページほどの作品なのですが、あとがきに書かれているように、かなりの年月をかけて書かれていたようです。
気付いたら列に並んでいた。列の前後の人とのやり取り、列を離れるべきか、留まるべきかの葛藤、そしてー。ーなぜ自分は列に並んでいるのだろう?
―この世界には列が多すぎる。
この一文から始まる本作は、列に並んでいる主人公を中心に物語が進んでいきます。自分の前と後ろの人との会話、進まない列、順番を巡っての諍い、隣の列との比較、なぜ自分は列に並んでいるのかー。そうした列を巡る話が進んでいきます。
列。
これは人生における様々な順序や比較を表しているのだろうな、と読むに連れて分かってきます。いまの社会では、学歴、収入、幸せ、などなど、人は自分を他人と比較し、自分のだいたいの位置をなんとなく把握しながら生きていきます。自分は誰かと比べて幸せなのか、収入は高いのか、他の人より幸せになるにはー。そうした他人との比較を本書では「列」に例えて現わしています。
列を離れてもいつの間にか別の列に並んでいて、いつの間にか自分がなんのために並んでいるのか分からなくなる。そして並んでいる理由を知ると、それは他人からするととても些細なことだったー。物語で語られるこれらのことも、実社会でよくあることだと思います。そしてこのあたりを突き詰めていくと、自分の生きる意義や、人生観、価値観と言った話に繋がっていきます。
途中で物語は一変し、猿の話になります。猿と、その猿を研究し続ける非常勤講師。人生の多くをかけた研究と、他の猿と決別して一匹で生きる疎外個体と呼ばれる猿。他人と関りを断ち、一人で、自分の価値観だけを信じて生きればいいのに、それができない人間。そしてその人間である主人公は、少しその猿を羨ましく思っているようにも感じられます。
「君は、自分で思ってるより、きっといい奴だよ。みんなそうだ」
物語の終盤で発せられるこの言葉に、救いを感じます。人はいろいろなことを比較し、突き詰めて考えてしまうとどこか悲観的に考えてしまいますが、そんな人々を救う言葉だと感じました。というか、この言葉がこの物語の中にあって、本当によかったと感じました。
楽しくあれ。
これも物語の後半で語られる言葉ですね。人と比較し、様々な側面から自分の立ち位置を認識しなければならない今の世界は、情報が簡単に手に入るが故に自分の立ち位置が理解し易く、かえって生き難くなっているのかもしれないな、と感じます。人と比較してしまうことはどうしようもないけれど、せめて楽しく生きよう。そういう風な著者のメッセージとも感じ取れました。
薄いのに考えさせられることが非常に多くて、内容の濃い作品だと感じました。比喩的な表現が多く、理解は難しいところもありますが、最後に救いを感じることもでき、この著者の作品を読まれている方にも、そうでない方にもお勧めの作品だと思いました。
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