読書日記743:天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC


タイトル:天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC
作者:小川 一水
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
“救世群”が太陽系全域へと撤いた冥王斑原種により、人類社会は死滅しようとしていた。シェパード号によって“救世群”のもとから逃れたアイネイア・セアキは、辿りついた恒星船ジニ号でミゲラ・マーガスと再会する。しかし混乱する状況のなかジニ号は小惑星セレスに墜落、かろうじて生き残ったアイネイアとミゲラは、他の生存者を求めてセレス・シティへと通信を送るのだったが―さらなる絶望を描くシリーズ第7巻。

感想--------------------------------------------------
天冥の標の七巻です。いやあ面白い。本巻を読んで行くとわかりますが、これまでの物語がこの巻に集約して行きます。第一巻へと続く物語ですね。メニー・メニー・シープと呼ばれる世界はどのようにして出来たのか?それが語られる巻でもあります。

敵と致死性の病原菌から逃れて辿り着いたのは五万人あまりの子供たちだけが取り残された巨大な地下隔離施設だった。今日を行き、明日を生き抜き、未来を生きるために、アイネイアたちスカウトの苦闘は続くー!

冥王斑を逃れた五万人の子供たちと、彼らを率いるリーダーとなってしまったスカウトたち。人類最後の生き残りであるこの五万人を生かすため、食料、秩序、エネルギー、住居、外敵と考えることは山のようにある中、十人あまりのスカウトたちは難問に立ち向かって行きます。時に決裂し、時に慰め合い、時に犠牲を出しながらもなんとか生きて行く子供たち。一つの国が、世界が成り立って行く様が丁寧に描かれています。数百人から数万人の犠牲を出しながらも一つ一つ難問をなんとか乗り越えて行く子供たち。その姿と様子に、ああ、このようにして国は出来て行くのか、と物語の本質と違うところで妙に納得しました。そして物語の中では人の命が恐ろしいほど軽く扱われて行きます。これも国や社会、世界の興亡の中では必然なのかな、と思ったりもします。簡単に数百人規模で人が死にますが、数万人を今日、生かすためには悲しむ暇もなく、立ち止まることも許されません。この辺りの緊迫感の描き方は素晴らしいと思いました。

日本のような成熟した社会の国に住んでいるとなかなか気付きませんが、もともと国や社会と言うのは発展途中や衰退途中の方が多く、成熟したまま続いているという状態の方が珍しいんだろうな、って思ったりもします。今日の難問を切り抜けるために、たまたまその立場にいた凡人が決断をすることで国の行く末が決まり、その凡人が偉人や悪人になっていくーきっと現実の世界もこんなものなんだろうな、って思ったりもしました。机の上での決断が数千人の命を左右し、その決断を覆すことでまた新たに数万人の命が左右される。そして決断した者はその決断の成否をいつまでも自問自答し続けるー。これがきっと歴史で繰り返されて来たことなのだろう、と思ったりもします。成熟した社会では決断の成否で国や社会、人命が損なわれることが少ないため、どのような決断であっても、評論者からは決断した者は責められる。難しい社会だなあ、と思ったりもします。

さてアイネイアを中心とした物語では、地下施設の統治の仕方を巡り様々な考えがぶつかり、スカウトたちがそれぞれの道を辿って行きます。君臨する者、野に下るもの、反抗するもの。そしてそれが第一巻の下地となって行きます。ここまで考えた上で物語を一巻からスタートさせたのであれば、この著者は化け物ですね。もの凄い物語の構築力です。映画やドラマ、アニメの脚本なんかでも絶対に活躍できる人ですね。

物語は最後に幾つかの謎を残したまま幕を閉じます。強まった重力、供給された電力、時折単独で姿を見せる救世群。膨大な電力を格納した先進文明兵器ドロテアワットが関係してそうですね。物語の舞台はここまでで西暦二千年から二千五百年までの過去編が一段落し、第一巻の舞台、西暦二千八百年に戻って行くようです。物語の重厚な背景が理解できたおかげで、第一巻を読んでもイメージが全然違いますね。次巻も楽しみです。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):

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