読書日記742:私の消滅


タイトル:私の消滅
作者:中村 文則
出版元:文藝春秋
その他:

あらすじ----------------------------------------------
「先生に、私の全てを知ってもらいたいのです。私の内面に入れますか」心療内科を訪れた美しい女性、ゆかり。男は彼女の記憶に奇妙に欠けた部分があることに気付き、その原因を追い始める―。傷つき、損なわれたものを元に戻したいと思うことは冒涜なのか。Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した傑作長編小説。

感想--------------------------------------------------
教団X」、「去年の冬、きみと別れ」に続き、気がつけば三冊目の中村文則さんの作品です。この方の作品はそんなに分厚くはないのですが、密度がもの凄く濃いと感じます。不要な表現を徹底的に削ぎ落とし、読者がついてこれるぎりぎりのところで本質だけを描き込む。そんな作風に感じられます。

記憶を失い、手記を読み始めた男。ここはどこか?私はー?

人はどこまで自分を捨てることが出来るのか、別の人間になれるのかー。そんなことを考えさせる本です。不幸な過去、持て余す複雑な内面を抱えた自己。そうしたものを捨て去り、別の自分になることが出来たらーと願ったことがある人は、多くいるのではないかと思います。ある技術を使ってそんな願いを叶えて行くー。そんな男の顛末を描いた作品、と言えると思います。

重く、深く、暗い。なのに目が離せない。気がつけば文章の一文一文を、一つ一つの単語を目で追っています。その言葉に、分に込められた思いや意味がとても深く、短いのに熟読に、読み込みに耐えうる密度を持った作品です。ただ、繰り返しになりますが、重く、深く、暗い。読んでいて息苦しさを感じることも多く、明るく、軽い作品を好む方には向かないと思います。ただ、読み始めると止まらないです。

犯罪者 宮﨑勤や前上博の例も出し、息苦しさは増して行き、終わりもすっきりとはしていません。でも、それでも一縷の希望はあったと感じます。黒い糸に例えられる憎しみの連鎖、その糸が行き渡った黒い網に覆われた世界。その糸を少しでも消すことが出来るのか。そこが希望に繋がるのでしょうね。

「去年の冬、きみと別れ」もそうですが、この方の作品は薄いので手軽に取って読み始めるのですが、密度が濃いので読むには集中力と体力を要しますね。でもきっとまた読んでしまうと思います。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):

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