読書日記711:ホンダジェット: 開発リーダーが語る30年の全軌跡


タイトル:ホンダジェット: 開発リーダーが語る30年の全軌跡
作者:前間 孝則
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
自動車メーカーが飛行機をつくる―。この無謀な試みに、航空機王国アメリカで果敢に挑み、遂にHONDAは小型ビジネスジェット機開発に成功した!創業者・本田宗一郎の精神を受け継ぎ、双翼の上にエンジンを立てる画期的なデザインと、優れた燃費性能を武器に、その分野で販売トップに躍り出た新鋭機の飛翔までの道程を、経営者と技術者への聞き書きを軸に辿るモノづくりストーリー。

感想--------------------------------------------------
書評でつながる読書コミュニティー本が好き!より献本いただきました。ありがとうございます!

国内を代表する自動車メーカーの一社、ホンダ。そのホンダが飛行機ーホンダジェットを作るまでの道筋を描いた本です。道路を滑走路して飛び立っていくホンダジェットのCMをご覧になった方も多いのではないでしょうか。著者の前間孝則さんは「マン・マシンの昭和伝説」の作者でもあります。また「技術者たちの敗戦」では「風立ちぬ」で有名な零戦の設計主務者の堀越二郎や、新幹線の生みの親、島秀雄を描いていて、二冊とも引き込まれて読んだ覚えがあります。

自動車業界から航空機業界へー。この異例とも言える新規ビジネスの立ち上げ経緯、さらには現状までを克明に描いたドキュメンタリー、と言っていいと思います。主要な登場人物としてホンダジェットの開発を指揮して来た藤野道格らの三十年に及ぶ苦闘が描かれているのですが、生半可な道のりではないですね。技術的な部分だけでなく、いかにビジネスとして成り立つものを作るか、乗る人に喜んでもらえるものを作るか、その努力が半端ではないです。

特に私の印象に残ったのは本書の後半、欧米の有名な航空機開発のリーダーの逸話をもとに、藤野が話すリーダー論や、日米の差についての部分です。米国では航空機開発のリーダーは伝説的な存在であり、全ての意思決定を行い、あらゆる技術に通じたマルチスペシャリストであり、全権を委ねられたスーパーマンでもあります。藤野自身、航空機開発にはそのような存在が必要だとし、日本の「まとめる」「調整する」やり方を否定していきます。責任をとれる一人がプロジェクトを率い、全てを把握し、開発をリードしないとプロジェクトは進まないー。確かにその通りですが、そのような人材を日本で見つけるのはなかなかに大変そうですし、本書に描かれている全権を持った短気でエネルギッシュであくの強い人材は今の世の中では上司からも部下からも敬遠されるでしょうね。また面白いのは、そのような存在を肯定しつつも、藤野自身は決して短気でもなく、普通の存在であることです。

会議の不必要性の指摘、「一人でも結構なことが出来る」と思っている十分な能力を持った人が最大限に力を発揮し、そのような人が集まることで初めて集団が意味をなす、といった指摘など、藤野の指摘は何年もの航空機開発の経験に裏打ちされているため非常に鋭く、納得感があります。一言で言うと「本質的であること」。これに尽きるのだと思います。業界の慣習的な集まりなど、あまり本質的でないところにマンパワーやお金を注いでしまっていることが日本の問題のように私には見えました。また一方で、藤野のようなリーダーがいたからこそ、ホンダジェットは世界最高水準の性能を達成し、ビジネス的にも成り立っているのでしょうね。

本書の表紙には空を舞う優美なホンダジェットの姿が掲載されています。その姿は、カラーリングも含めて実に美しく、エレガントです。飽くなき性能限界への努力、顧客への思い、そうしたものが結実された製品はやはり一流の芸術作品でもあり、極められた美をも感じさせます。また本書を読んでいると、このような製品を開発する、という職に出会えた藤野をはじめとする関係メンバーがうらやましくも思えて来ます。

前間さんの作品は、膨大な取材と裏付けだけでなく、著者の熱い思いが乗っていて、どれも読み応え満点で、知らず知らずのうちに一気読みしてしまいますね。本作も傑作です。買うことは出来ないですが、ホンダジェットの姿を実際に見てみたいと思いました。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S

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