読書日記700:未必のマクベス


タイトル:未必のマクベス
作者:早瀬 耕
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
IT企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた優一は、帰国の途上、澳門の娼婦から予言めいた言葉を告げられる―「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。

感想--------------------------------------------------
気になっていた本です。六百ページを超える分厚さに手を出すことを躊躇っていましたが、思いきって読み始めてみるとあっという間に読み終えました。

Jプロトコルに勤務する中井は香港への出向を命じられる。大した仕事の無いその会社への出向には裏の意図があったー。

「未必のマクベス」というタイトル通り、物語はシェークスピアの四代悲劇の一つ、マクベスと大きな関連を持って進んでいきます。王を殺して自分が王となり、仲間だった将軍バンコーを殺し、王殺しの罪に苛まれて婦人と共に幻影を見るようになり、最後は身を滅ぼすマクベス。王=社長となった中井の周囲には陰謀が立ち込めます。

犯罪小説ではあるのですが、本作にはそこはかとない色気と言うか、ダンディズムというか、そうした気配が最初から最後まで立ちこめています。犯罪小説に独特な鋭さや無味乾燥さはほとんどなく、甘さと、余分な説明を徹底的に排除した独特な説明しにくい雰囲気があります。犯罪の細部に触れるのではなく、カクテルや食事、音楽、旅といったものの描写に多くを割き、犯罪小説と言うよりも旅や音楽の小説のようにさえ感じられます。

村上春樹さんや沢木耕太郎さんのような文章、といったら言い過ぎかもしれませんが、そのような独特の雰囲気のある文章を描く作家さんです。犯罪描写はとことん省いている一方でキューバリブレというカクテルに多くの描写を割いたり、香港やバンコクといった各都市の描写やとりとめの無い会話に多くの文章を割き、実は後でそれが聞いてくるー。犯罪小説でありながら恋愛小説で、マクベスに似た悲劇でもある、そんな小説です。

ドラマ化したら絶対に面白いと思うのですが、一方でこの雰囲気を映像で表現するのは並大抵のことではないとも思います。主人公の中井、その友人の伴、高校時代の友人、鍋島、などなど多くの登場人物のキャラクターが立っていて、本当に面白い作品でした。個人的には大ヒットです。前作を書いてからかなりの間が空いているようですが、他の作品も読んでみようと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス

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