読書日記664:日の名残り
タイトル:日の名残り
作者:カズオ イシグロ、土屋 政雄 (翻訳)
出版元:早川書房
その他:
あらすじ----------------------------------------------
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。
感想--------------------------------------------------
先日、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんがイギリスで最高の権威ある文学賞、ブッカー賞を受賞したのが本作です。著者の作品は、「私をはなさないで」しか読んだことがなかったので、読んでみました。「日の名残り」。読み終えてそのタイトルがしっくりとくる作品であるとともに、人生について考えさせられる作品でもあります。
ダーリントン卿に長年仕えてきた執事スティーブンスは、新しい主人ファラディから休暇をもらい、旅に出た。目的は同じく長年にわたりダーリントン卿に使えてきた女中頭、ミス・ケントンと久方ぶりに会うことだったー。
長年にわたり自分の職務と自分の主人に忠実に、品格を持って仕えてきた主人公のスティーブンスは、しかし年老いた時、自分が人生の選択を間違えたことに気付きます。もしあの時にこうしていればーそうした思いと、取り返しのつかない選択の結果としての今。それをイギリスという国とも重ねて描いた作品です。
自分は、自分の職務に真面目に忠実に、品格を持って取り組んできた。なのになぜ今の自分はこうなのかー。本書の主人公スティーブンスのように、こうした問いを抱えている人間は多くいるかと思います。当時は最善の選択をしてきたはずなのに、振り返ると様々な機会を逃していたー。こうした経験は多くの人が持っているのだと思います。実際に本書を読み終えたときに私自身もそうした感覚に強く襲われました。
”何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう”
本書の後半部分からの抜粋です。この文章を読むときに強く感じるのは「人生は続いていく」ということです。良いこと、悪いこと、よい選択、悪い選択、喜劇、悲劇。そうしたことがたとえ人生に起きたとしても、その結果がよいにしろ、悪いにしろ、人生は絶え間なく続いていく。生きている限り。こうしたことを強く感じるのは、メディアが様々な人の一面を切り取り、それをその人やそうしたタイプの人の全てとして伝えることが多い、今の時代だからかもしれません。
人生は続き、人も変わる。
それを強く感じさせる作品です。「日の名残り」というタイトルは悲劇でも喜劇でもなく人生の有り様、事実を述べた言葉であり、それはまた過ぎ去って振り返ると、人生は輝かしくいとしいものである、と描いた「わたしを放さないで」の主題に通じるものでもある、と感じました。
本書は純文学でありながら、読みにくさを全く感じません。こうした書籍は稀有な存在ですね。著者の力量の高さを感じさせる作品です。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス
この記事へのコメント