読書日記659:華竜の宮(下)
タイトル:華竜の宮(下)
作者:上田 早夕里
出版元:早川書房
その他:
あらすじ----------------------------------------------
青澄は、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性長・ツキソメと会談し、お互いの立場を理解しあう。だが政府官僚同士の諍いや各国家連合間の謀略が複雑に絡み合い、平和的な問題解決を困難にしていた。同じ頃“国際環境研究連合”は、この星の絶望的な環境激変の予兆を掴み、極秘計画を発案する―最新の地球惑星科学をベースに、この星と人類の運命を真正面から描く、2010年代日本SFの金字塔。
感想--------------------------------------------------
「華竜の宮」の下巻です。本巻も四百ページ超と、上下巻あわせて八百ページを超える作品ですが、その分量を感じさせません。一気に読めてしまう作品でした。
地球の絶望的環境変動に対してツキソメの遺伝子情報が有用な情報になると知った青澄はツキソメとの接触を図ろうとする。しかし情報独占を狙う他組織の影が見え隠れしていたー。
圧倒的な世界観で描かれる本作ですが、その中身は政治的な駆け引きや青澄や青澄のアシスタント知性体であるマキ、タイフォンといった各登場人物の葛藤が中心です。そして読んでいくとよくわかるのですが、舞台こそ未来の世界、魚舟に住む海上民と陸に住む陸上民に分かれて暮らす世界ですが、そこに描かれているのは今の世界にも通じる権力と利権を争う人間の姿です。
「言葉の重要性」といった話が本作のところどころに出てきます。タイフォンも青澄も極力武力を使わずに、言葉による交渉を望み、それで世界を変えていこうとします。特に外洋公館の公使であり、交渉が主な仕事である青澄にとっては言葉が最大の武器なんですね。そして「言葉の重要性」という言葉はそのまま著者の言葉にも繋がっていくかと思います。
絶対に避けようのない、悲惨な環境変動の発生を知ってしまった時、実際に、今の人類はどのように動くのかー。これにはとても興味を覚えました。一時的な恐慌と絶望が去った時、人類は何を考え、どのように行動するのか。願わくは皆で協力して、少しでも犠牲を減らすように活動できればと思いますが、そんな簡単にも行かないかな、とも感じます。本作の登場人物である青澄は自己犠牲を厭わず、人々のために命を惜しまない人でした。完璧すぎる人格だとは思いますが、きっとこのような強さを持った人が、目立ちはしないですが、現実世界でも世界を動かすのだろう、と感じました。
本作と同じ世界観の本も「リリエンタールの末裔」など何作か出ています。こちらも読んでみようかと思います。とても良質のSFでファンになりました。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス
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