読書日記493:怒り(下) by吉田 修一
タイトル:怒り(下)
作者:吉田 修一 (著)
出版元:中央公論社
その他:
あらすじ----------------------------------------------
愛子は田代から秘密を打ち明けられ、疑いを持った優馬の前から直人が消え、泉は田中が暮らす無人島である発見をするー。衝撃のラストまでページをめくる手が止まらない。『悪人』から7年、吉田修一の新たなる代表作!
感想--------------------------------------------------
吉田修一さんの「怒り」の下巻です。本作もやはり、「悪人」のように読み終えて考えさせられるものがある本でした。
未だ捕まらない殺人犯 山神。そしてそれぞれ山神に似た田代、大西、田中の周囲でも様々な事件が起こり始める—。
読み終えての感想ですが、本作は「怒り」というタイトルですが、むしろ印象に残ったのは「信じる」という言葉です。本作は上巻の紹介にも書いたしたように、山神を追う刑事と三箇所で繰り広げられる、殺人犯 山神に似た男と暮らす人々の様を描いた作品です。そして物語の最初、上巻でこそ「殺人事件の犯人は誰なのか?」という問いに読者は頭を捻らせますが、下巻では著者の意図は犯人捜しにあるのではなく、「犯人に似た男」と暮らす人々の心の描写こそが書きたかったことなのだ、とわかります。そしてそのことに気付くと、物語がまた全く別の角度から見えてきます。
やや知恵遅れ気味の自分の娘を信じることができない父 洋平、普段は気にしない風を装いながらもゲイである自分に自信を持てない優馬、不幸な目に遭った泉に「自分を信じて欲しい」と言う辰哉。そしてその三人の前に現れる、殺人犯によく似た三人の男。彼は殺人犯なのか?違うのか?娘を信じることができない自分の弱さ、自分に自信がもてない弱さ、他人を信じる強さ。そうしたものと殺人犯によく似た三人によってもたらされる結末は、あまりにも滑稽であり、悲しくもあり、人間らしくもあります。人間としての弱さ。信じることのできない弱さ。無条件に信じてしまう弱さ。そうしたものを著者は読者に突きつけます。そしてその「信じること」を妨げる言いようのない世間からの目—抑圧に対して抱く弱き者の「怒り」。やはりこの著者は只者ではないな、と感じさせます。
怒りのあまりに行動を起こす洋平の娘 愛子、恐れから何もできない洋平、信頼を裏切られたという思いから行動する辰哉と、勇気を示す泉。三つの場面で三様の結末を見せるのですが、幸せな結末、というのがあまり提示されないのがやはり悲しいですね。特に本作の終わり方は、現実的ではあるのですが、やはりやりきれないものがあります。このあたりも「悪人」によく似ています。
抑圧された者の怒り、そして「信じる」ということの難しさ。
そんなことが物語を読み終えて心に残る作品です。特に本作では以下の二つの言葉が印象に残りました。
大切な人ができるというのは、これまで大切だったものが大切ではなくなることなのかもしれない。大切なものは増えるのではなく、減っていくのだ。
『馬鹿にしないで』
最初の言葉は家族を持つ身としては非常に実感できる言葉です。そして二つ目の言葉では作中では抑圧される者の叫びの声として使われています。
一つの殺人事件を軸として描かれた三者三様の物語。作中で刑事の北見が言っていますが、自分の近くにいる人を「殺人犯かもしれない」と疑わなければならない状況に至るまでには各人の中に様々な葛藤があるのではないかと思います。信じること。疑うこと。繰り返しになりますが、やはりここをこれだけしっかりと描ける吉田修一さんは凄い、と感じました。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
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