読書日記492:怒り(上) by吉田修一
タイトル:怒り(上)
作者:吉田 修一
出版元:中央公論社
その他:
あらすじ----------------------------------------------
殺人事件から1年後の夏。房総の漁港で暮らす洋平・愛子親子の前に田代が現われ、大手企業に勤めるゲイの優馬は新宿のサウナで直人と出会い、母と沖縄の離島へ引っ越した女子高生・泉は田中と知り合う。それぞれに前歴不詳の3人の男…。惨殺現場に残された「怒」の血文字。整形をして逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか?『悪人』から7年、吉田修一の新たなる代表作!
感想--------------------------------------------------
芥川賞作家 吉田修一さんの作品です。「さよなら渓谷」、「パレード」、そして「悪人」と人の心理を鋭く抉る、評価の高い作品が多いです。これらの作品はどれも映画化もされています。特に「悪人」と「パレード」は印象に残る作品でした。
八王子市郊外で夫婦が惨殺される事件が発生。犯行現場には血で「怒」という字が残されていた。犯行後、すぐに犯人は特定されるが、逮捕に結びつかないまま時が過ぎていく。そして一年後、場所もつながりもない三人の男女の前に、三人の男が現れる。彼らの中に、犯人はいるのか—?
上下巻のまだ上巻だけですが、この著者らしい、生々しい人の描写を多く含んだ作品です。人物を描いているだけなのに、その人間の生き物としての生々しさが臭ってくるようです。
物語は夫婦惨殺事件を軸に、つながりのない三箇所での物語が場面を変えながら展開していきます。風俗で働いていた娘を連れ戻しにいった洋平、末期癌の母を抱えながらもゲイとして奔放にに生きる優馬、母と福岡の家から夜逃げして沖縄に移り住んだ泉。誰もがそれぞれの理由で生活に苦しみ、それでも生きていきます。そしてその三組の前に三人の男が現れます。一人は娘の想い人として、一人はゲイの相手として、そして一人は不思議なバックパッカーとして—。物語は三組の場面描写と、各場面での主要人物の描写に終始し、殺人事件との関連は時として忘れてしまいながらも進んでいきます。
縦に並んだ三つのほくろ、左利き—。そうした犯人の特徴と三人の特徴を微妙に重ねながら、読者に「この中の誰が犯人だろうか?」と思わせながら物語は進んでいくのですが、この辺りは非常にうまいですね。そして物語のタイトルにもなっている「怒り」ですが、この意味はまだ上巻を読んだだけだとわかりません。ただ、三組の人間が三組とも何かしら抑圧された部分を持っていますので、ここが下巻では「怒り」に繋がってくるのかな、と感じながら読み進めていました。
「俺はお前を疑っている」と疑っている奴に言うのは、「俺はお前を信じている」と告白しているのと同じことなのかもしれない。
冷徹に場面描写と登場人物の心理を積み重ね、その中で重要な一言をさらっと述べていくところはさすが芥川賞作家、と思わされます。上の文など、ともするとさらっと読んでしまいそうになりますが、かなりのポイントで、そこを気負わせず読者に読ませる辺りがまたうまいな、と感じたりします。場面描写と心情描写がしっかりしているため、物語に入り込み易く、曖昧なところがないまましっかりと読み進めていくことができるんですね。
本作、ここまでは「パレード」や「悪人」ほどではないですが、読み応えはあり、吉田修一さんらしい作品だと感じています。引き続き、下巻も読もうと思います。まだうっすらとした繋がりしか見えませんが、三場面がどのように殺人事件と絡んでくるのか、楽しみです。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
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