読書日記452:ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3) by塩野七生



タイトル:ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)
作者:塩野七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
50歳まで歴史家として生きてきたクラウディウスは、突然のカリグラの死により、帝位を継承することになった。カリグラは、わずか4年の在位の間に、健全だった財政と外政をことごとく破綻させていた。クラウディウスはまず、地に落ちていた帝政への人々の信頼を回復することから始め、問題を着実に解決していく。しかしこのクラウディウスには“悪妻”という最大の弱点があった。


感想--------------------------------------------------
「ローマ人の物語」の十九巻です。「悪名高き皇帝たち」のその三と言うことでティベリウス、カリグラに続き、クラウディウスの話です。

カリグラの暗殺により、期せずして五十代で皇帝となったクラウディウス。肉体的にハンディを背負った皇帝は、それまでの人生の大半を「歴史の研究」に費やしており、その研究の成果を反映させることで、カリグラが滅茶苦茶にしたローマを建て直そうとします。この試みはうまく行くようですね。ローマの財政はなんとか持ち直して行くようです。


民を主権体とする政体とは政治の素人が政治のプロに評価を下すシステム、と言えないだろうか。となれば政治家にとっての死活問題は、政治の素人たちの支持を獲得することになる。


この言葉は本書の冒頭、カバーの金貨の紹介のページに書かれた言葉の要約ですが、この言葉には考えさせられます。今の日本だけでなく、世界中のほとんどの国でこのようなシステムを用いています。従って、支持されるのは「本当に素晴らしいプロの政治家」ではなくて、「政治の素人である民衆の支持を得られる政治家」なんですね。そしてクラウディウスは前者ではあっても、後者ではなかった、と言っています。ただ、今の日本のように数年ももたずしてころころと指導者が変わる国では、前者であることさえも凄く難しいと思います。そしてまた、どのような素晴らしい政治的意見を持っていても、実際に国(あるいは県や市)を運営した経験のある人とない人では、圧倒的な差が生まれるのだろうな、とも感じます。


敬意を払われることによって得られる実用面でのプラスアルファ、つまり波及効果の重要性が理解できないのである。ゆえに誠心誠意でやっていればわかってもらえる、と思い込んでしまう。


これはやはりクラウディウスを表わした言葉ですね。実務では優れていたけれども、市民や家人からは敬意を払われることがなく、軽んじられていた皇帝のようです。このあたりは一般人である私などには理解が難しく、「誠心誠意やっていればそれでいいんじゃないの?」なんて思ってしまいますが、人の上に立つ人間は周囲の人間に畏敬の念を抱かせ、敬意を払われる必要があるようです。そしてこのあたりがカエサルやアウグストゥスとの違いだったようですね。思うのですが、国を運営し人を動かすためには人に畏敬の念を抱かせる必要があり、そのためにはその後ろ盾となる権力が必要となります。「権力」というと負のイメージが強いですが、優れた為政者はこの「権力」を実に巧に、時に見せ球として、時に実行力として使っているように感じます。このあたりは日本の隣の大国の国家運営なんかを見ていると感じますね。「権力」が後ろにあると、人や国家を素早く動かすことができ、デメリットもありますが非常時など意思決定の迅速さが求められる場では効力を発揮しそうです。


さてクラウディウスを暗殺して次の皇位に自分の子でありクラウディウスの養子である、ネロをつけたのはクラウディウスの妃であるアグリッピーナでした…。凄まじい悪女ですね・・・。ネロの名前も有名ですね。次巻も楽しみです。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):


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