読書日記426:ファミリーポートレイト by桜庭 一樹
タイトル:ファミリーポートレイト
作者:桜庭 一樹
出版元:
その他:
あらすじ----------------------------------------------
神様に代わるものって--家族? 「もう一度あたしを産んでくれないかな」。ママはマコ。その娘の私はコマコ。脇役として相応しい名前。二人の血はいつまでも繋がっている。著者の集大成、登場!
感想--------------------------------------------------
「赤朽葉家の伝説」で日本推理協会賞を受賞し、「私の男」で直木賞を受賞した桜庭一樹さんの作品です。文庫本にして七百ページ以上の大作です。
マコの娘として生まれたコマコは、ボスである母と供に、どこまでも逃げ続ける—。
物語は第一部の『旅』と第二部の『セルフポートレイト』で構成されています。第一部では逃亡を続けながら様々な街を転々と逃げ続けるマコとコマコの姿が描かれ、第二部では成長して行くコマコの姿が描かれています。本作は主人公であるマコとコマコ、特にコマコの成長の物語、と言ってもいいですね。女性の成長の物語は、この著者の十八番かと思います。
自分がひたすらに愛し続けてきた母マコ。その愛情の対象であるマコの存在と消失。それがもたらす自身への影響。そしてそんなこととは関係なく変化していく自分の環境と身体—。主人公は小さな頃から様々な本を読み、その本を唯一の友として育っていきます。そこだけは子供の頃も大人になっても変わりません。そこが主人公にとっての唯一の救いと言えるかもしれません。
しかし読めば読むほど不思議な物語です。第一部に現れるのは『老人達だけが住む街』だったり、『豚とともに暮らす街』などいかにもフィクションらしく『物語』や『童話』といった世界観の物語なのに、第二部に入り、コマコが成長して大人になるに連れて、著者の実体験に基づいた世界が語られていき、最終的にはほとんど著者の自叙伝ではないのか、と思わせるほど世界がリアルに彩られていきます。おとぎの国に住んでいた子供が、大人になるに連れて現実世界を生きざるを得なくなる姿が凄くリアルに描かれていると感じます。
また一方でやはり二部に入ってからのコマコの描き方は並大抵なものではないですね。特に二部に入って序盤、コマコの学生生活の描写のあたりはこの著者にしか書けないのではないでしょうか。「少女には向かない職業」や「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」などで一貫して少女を描き続けてきた著者ならではの描写です。さすが直木賞作家です。
『命のかかった言葉にしか、金を出して買っていただく価値はない』
登場人物の一人の言葉です。恐ろしい言葉ですが、そのとおりかと思います。この言葉に著者の作家という職業への覚悟みたいなものを感じますね。本当に物語の後半、特に二部の後ろへ後ろへと読み進めて行くと、作家を目指して行くコマコの姿が著者の姿と重なり、自分を消費しながら、命を燃やしながら作品を書いていくコマコの姿に、「この著者は大丈夫だろうか」と心配にさえなってきます。自分の命を燃やしながら紡ぐ作品。その迫力は凄まじいまでに感じるのですが、一方でここまで出し切ってしまったら、この次にどのような作品を書くのだろうか、書けるのだろうか、と不安にさえなります。(まあ杞憂でしょうが。)
そして最後、物語が終わったとき、そこには不思議な感動があります。言ってしまうと、ああ、こういう風に物語を終わらせるのか、という終わらせ方のうまさへの感動ですかね。不恰好ながらも地平線に向けてどこまでも走り続けるコマコの姿を見ていたいような、目を逸らしたいような気がしていましたが、その終わらせ方のうまさには脱帽です。
しかし作家とはたいへんな職業だなあ、と思いつつも、一人であることに寂しさを全く感じなかったり、他人のことへの興味が希薄だったりといった点は私もコマコと共通点を感じたりして、本好きの人間には相通じるところがあったりするのかなあ、と感じたりもした作品でした。
基本的にこの方の作品は大好きですので、また機を見て作品を読んでいきたいです。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
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