読書日記415:色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 by村上春樹



タイトル:色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
作者:村上春樹
出版元:文藝春秋
その他:

あらすじ----------------------------------------------
良いニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。


感想--------------------------------------------------
言わずと知れた村上春樹さんの最新作にしてベストセラーです。もはや他の作家さんとは別格の人気をほこる作家さんですね。ノーベル賞の有力候補といわれるだけのことはあります。

大学時代の辛い経験を抱えたまま三十代中盤にさしかかった多崎つくる。恋人の言葉をきっかけに、残されたままになっていた謎を解くために学生時代の友人を訪れる旅に出始める—。

1Q84」の書評でも書いたことですが、この方の作品に対しては「評価する」という言葉自体が似合わない気がします。この方の作品は読み進めていくといつの間にか自分がその物語の中に引き込まれていき、作品自体を主観的に体験しているような気になり、物語を客観的に見る、客観的に「評価する」ということが難しくなるように感じます。読んで驚く作品、感動する作品、凄いと思わされる作品は世の中に少なからずありますが、ここまで「物語の中に引き込む作品」を描けるのは村上春樹さんだけなのではないかと感じられます。

本書の主人公、多崎つくるは学生時代の辛い経験を抱えたまま大人になり、その学生時代の辛い経験を、心の奥底では癒しきることができていません。そしてその痛みの原因を明らかにするための行動にでていきます。私も三十代だからかもしれませんが、本作の主人公:多崎つくるに共感できるところは多くあります。三十代の方は皆、そうかもしれませんね。青春時代に心に負った傷の一つや二つは誰にでもあるでしょうし、それを抱えたままいつの間にか三十代になっている方も多いのではないかと思います。とにかくこれまでのこの著者のどの作品よりも読んでいて没入感の高い作品で、まるでこの世界自体を生きているような気にさえさせられます。


「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」
「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」


本作で最も印象に残った言葉の一つですね。青春時代を思い返したとき、心に抱く感情は人それぞれだと思いますが、いい意味でも悪い意味でも、いまよりもひたむきだったのではないかと思います。そのような青春の全てが消えてしまったわけではなく、ほんの一部かもしれないけれど、そのときの思いの繋がった場所に今の自分がいる—。そんな風にも読める文でした。なんというか、少しノスタルジックになる作品と思います。

本作はこれまでの村上春樹さんの作品と同様、全ての謎が解かれるわけではないですし、明確な結末が提示されるわけでもありません。というか、重要なことは謎の解明や結末の提示といったものではなく、多崎つくるが何を感じたかであり、その多崎つくるの物語を読んだ読者が何を感じたか、なのでしょうね。少なくとも私にはこの物語を通じて多崎つくるは少しばかりの自信と前へ進む勇気を得たように感じられましたし、読み手である私もそのような多崎つくるを見て、自分と重ねることで胸の奥が少しすっとするような感触を得られました。

物語の中に読み手をいざない(リストの『巡礼の年』やレクサス、タグホイヤーの腕時計といった小物がその触媒の役を果たしているのかもしれません)、主人公の体験を通して読者にも追体験させ、新しい世界に読者をも導いて行く—。こんな小説を書ける作家はやはり村上春樹さんしかいないでしょうね。いつになるかわかりませんが、次の作品も楽しみに待つことにします。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S


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