読書日記409:55歳からのハローライフ by村上龍
タイトル:55歳からのハローライフ
作者:村上龍
出版元:幻冬舎
その他:
あらすじ----------------------------------------------
希望は、国ではなく、あなた自身の中で、芽吹きを待っている。
多くの人々が、将来への不安を抱えている。だが、不安から目をそむけず新たな道を探る人々がいる。婚活、再就職、家族の信頼の回復、友情と出会い、ペットへの愛、老いらくの恋…。さまざまな彩りに充ちた「再出発」の物語。最新長編小説。
感想--------------------------------------------------
村上龍さんの作品です。村上龍さんは「13歳のハローワーク」という、少年少女に世の中にどのような職業があるのか紹介する本を書かれていますが、そのタイトルから本書のタイトルもつけているのでしょうね。対象は定年を間近に迎えた人々、既に定年を迎えた人々が主人公の中編集です。
本作は「結婚相談所」、「空を飛ぶ夢をもう一度」、「キャンピングカー」、「ペットロス」、「トラベルヘルパー」の五編から構成されています。共通点は各話の主人公が定年前後の年代の人々であることですね。金銭的に余裕のある人/ない人、結婚している人/していない人と境遇は様々ですが、皆、どこかに寂しさを抱えています。
定年を過ぎ、自分の人生の先が見え、過去を振り返ることの多くなった各話の主人公達は、金銭的な困窮、見つからない再就職先、孤独、といった様々な悩みを抱えながら暮らしています。これらの悩みはもちろん物語の中だけのことではなく、現実社会にもある問題でもあります。そして彼、彼女はこれらの問題にぶつかり、悩み、苦しみながらも最後には小さな希望を見つけて前を向いて立ちがろうとしていきます。
「村上龍さんの作品らしくない作品だな」というのが読み終えての第一印象でした。最近の作品である「半島を出よ」や「歌うクジラ」を読むとその密度の濃さ、物語に込められた熱量に圧倒されそうになるのですが、本作ではそのようなことがありません。「怒り」というのがキーワードとしてところどころに出ては来るのですが、それくらいで圧倒的な熱量といったものは影を潜めています。これは物語が定年を間近に控えた人々を描いた作品だからかもしれませんが、「歌うクジラ」で感じた読者に目を逸らすことさえ躊躇わせるような密度の濃さはそこまで感じられませんでした。
一方で、各話の主人公の個性の描き方は非常に緻密です。これは村上龍さんが各話の主人公と同世代だからかもしれません。彼らの感じる孤独や困窮がひしひしと伝わってきて、痛いほどです。三十代の私でさえそうなのですから、実際に定年近い人たちは、わが身のように感じてしまい、本当に読むのが辛いのではないかとさえ思ってしまいます。
各話では最後に主人公たちがちょっとした希望を見つけていくのですが、、、私にはこの下りがどうも引っかかりました。何と言うか、、、とってつけたような感じが少ししてしまうのですね。現実ではそんなに希望はないのではないか、と感じてしまいます。
個人的には五編の中では「結婚相談所」が最も好きでした。ちょっとできすぎの物語のような気もしますが、最後に後ろを振り返らずに前に進もうとする主人公の姿が素敵でした。やはり女性のほうがどの年代でも、軽やかにしなやかに生きている気がします。一方で一番辛かったのは「空を飛ぶ夢をもう一度」ですね。困窮度合いが悲惨すぎて目を背けたくさえなりました。
「定年を越えた男女が主人公」ということと、もう一つ、五編の共通点は「飲み物」ですね。アールグレイ、水、コーヒー、プーアル茶、お茶と、飲み物が各話で心を落ち着けるための象徴のような役割を果たしており、同時に各主人公の境遇を象徴するものとして使われています。気分を落ち着け、自分を保つために必要な飲み物。…アルコールではない点がいいですね。作者も飲み物を飲みつつ、この本を書いたのかな、とか考えながら読みました。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
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