タイトル:ラットマン
作者:道尾秀介
出版元:光文社
その他:
あらすじ----------------------------------------------
結成14年のアマチュアロックバンドのギタリスト・姫川亮は、ある日、練習中のスタジオで不可解な事件に遭遇する。次々に浮かび上がるバンドメンバーの隠された素顔。事件の真相が判明したとき、亮が秘めてきた過去の衝撃的記憶が呼び覚まされる。本当の仲間とは、家族とは、愛とはー。
感想--------------------------------------------------
直木賞作家、道尾秀介さんの作品です。文庫化されている作品、ということで本作を手に取ってみました。
谷尾、桂、竹内の三人とバンドを組む姫川には誰にも話していない秘められた過去の記憶があった。そして今、練習中のスタジオで不可解な事故に遭遇する—。
「龍神の雨」の感想でも書きましたが、道尾秀介さんの作品は昔の作品から比べるとどんどんと進化している気がします。デビュー作の「背の眼」に見られた冗長な語り口は影を潜め、静かにそして的確に登場人物たちの心情を、その揺れを描いていますね。これは「龍神の雨」でも感じていましたが、本作を読んで特にそう感じました。静かに、そしてしっかりと読者の心に染み入る文章です。
ミステリのパートは「龍神の雨」を既に読んでいたこともあって予想はつきました。しかしその更に先を行く「ラットマン」にはさすがに気がつきませんでした。この作品のタイトルともなっている「ラットマン」とはいたずら書きのような絵のことを指します。多くの人の顔に紛れ込むと人の顔に見え、多くの動物達に紛れ込むと鼠に見えるその絵のことを「ラットマン」と呼び、周囲の影響によって物事の近くの影響を受けること、つまりは思い違いを起こすことをそのように呼んでいます。このタイトルをこの作品では実にうまく使っています。
あと、本作の後書きはあの「新宿鮫」の大沢在昌さんが書かれています。大沢在昌さんと言えばミステリ界の大御所ですが、その大沢在昌さんが、この十年のあいだにデビューした作家の中で最も読んでいるのが道尾秀介さんらしいですね。後書き自体もさすがに一流の作家さんだけあって非常にうまいです。
後書きの中で特に印象に残ったのが、「道尾秀介は、日本のある年代の人々をごく自然に描いていて、しかしそれが確かな日本人の変質を表しているのだ」という一文です。この部分には非常に納得できました。最近、出てきている道尾秀介や米澤穂信、伊坂幸太郎などは確かに「変質した日本人」を描いていて、それが非常に印象に残るから、読者もそれに反応するのかもしれません。しかし、その中に会っても「ごく自然に」描いているのは道尾秀介さんだけかもしれません。
また一方で、道尾秀介さんの作品を読んでいると、その物語の根底にどことない哀しさと静けさを感じます。本作もその例に漏れません。バンドの話なのに騒々しさは全く感じられず静けさと少しの哀しさが感じられ、その程合いが読んでいてちょうどいいのですね。この描き方は他の方には真似できないこの人の特徴なのだと思います。一方で伊坂幸太郎さんの物語の根底にあるのはユーモア(ブラックユーモア?)、米澤穂信さんの作品の根底には何かダークなものが感じられます。この三人を勝手に比較すると、道尾秀介さんの作品が良くも悪くも万人受けするように感じられます。
この方の作品はまだまだ味読のものが多いです。「月と蟹」「光媒の花」などは読んでみたいと思います。また後書きでもう一つ印象に残ったのがこの文です。
「もっと根源的なもの、書かずにはいられない、彼(道尾秀介さん)の中の何かが、物語る力になっている、と私は思う」
こんな作家さんの作品がつまらないわけがありませんね。次も楽しみです。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
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