読書日記295:静かな爆弾 by吉田修一



タイトル:静かな爆弾
作者:吉田修一
出版元:中央公論新社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
テレビ局に勤める早川俊平はある日公園で耳の不自由な女性と出会う。音のない世界で暮らす彼女に恋をする俊平だが。「君を守りたいなんて、傲慢なことを思っているわけでもない」「君の苦しみを理解できるとも思えない」「でも」「何もできないかもしれないけど」「そばにいてほしい」。静けさと恋しさとが心をゆさぶる傑作長編。



感想--------------------------------------------------
吉田修一さんの作品です。五年ほど前に連載されていた作品ですね。

TV局に勤める私は、外苑の中で耳の不自由な女性、響子と出会った—。

吉田修一さんらしい、いろいろなことを暗示させる作品です。
主人公は外苑で出会った耳が不自由な響子と付き合うようになります。そして付き合ううちに、耳が不自由であるということの持つ本当の意味を理解していきます。また一方で、バーミヤン遺跡の爆破ドキュメンタリ番組製作の仕事のため、海外を奔走するようになり、響子との距離が離れていきます。

本作のポイントは「知っている」ということと、「伝える」ということのように感じられました。
本書で印象に残った場面に、花見の場面があります。花見に出かけた主人公と響子は酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれます。しかし耳の不自由な響子は彼女のまさに背後で繰り広げられている殴り合いの喧嘩に気がつくことができません。あわや巻き込まれる、というところで、間一髪助かりますが、響子は最後まで何も気付かぬままです。

この部分が本書の特徴をよく現していると思います。
自分のすぐ側まで迫っている危機、人はそういった危機に最後の最後まで気付くことができません。それは耳の不自由な響子に限らず、世間一般の人がそうだ、と言っているように見えます。本書で語られるバーミヤン遺跡爆破という暴挙。インタビューを繰り返すうちに誰も本当はそんなこと望んでいなかったのに結果としてもたらされたのだ、ということが分かってきます。自分のすぐそばまで危機が迫っているのに、実際に起こるまでは誰もそれが実際のことになるとは思わないのですね。

もう一つ、印象的なのが作品の最後で現れる神宮球場の場面です。スタンドから大声で応援を繰り広げる人の姿。人、人、人…。その姿を作者はあまり好意的には描いていないようですね。誰に伝えたいのか?特にTVなどでは伝える相手というのは「大衆」といった漠としたものに成りがちですが、本来はそうではなく、特定の「個」を持った個人の集合なのでしょうね。その違いは大きそうです。

漠然としたものが実体となったときに現れる怖さ—なんとなくそんなことが頭に浮かぶ作品でした。作品自体は吉田修一さんの作品らしいのですが、あまりメリハリは感じられないので、退屈と感じる人もいるかもしれません。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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