読書日記260:これからの「正義」の話をしよう byマイケル・サンデル



タイトル:これからの「正義」の話をしよう
作者:マイケル・サンデル
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
哲学は、机上の空論では断じてない。金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった、現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学・倫理の問題が潜んでいる。この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、そしてノージックといった古今の哲学者たちは、これらにどう取り組んだのだろう。彼らの考えを吟味することで、見えてくるものがきっとあるはずだ。ハーバード大学史上空前の履修者数を記録しつづける、超人気講義「Justice(正義)」をもとにした全米ベストセラー、待望の邦訳。



感想--------------------------------------------------
ハーバード大学で最も人気のある講義「Justice(正義)」。
「ビル・ゲイツから富の一部を取り上げ貧困者に分配するのは正しいか」、「多くの人を助けるために一人の命を犠牲にすることは正しいか」といった答えの無い問いを生徒に投げかけ、議論をしながら正義に関する理解を深めていくこの授業の履修者数は14,000人を超え、テレビ中継までもされたほどの人気を博しています。この講義を展開するのが政治哲学の教授であるマイケル・サンデル。本書の著者です。この授業のことは日本でも多くのメディアで取り上げられており、私もマイケル・サンデルの書いた本書はぜひ読んでみたいと思っていました。

読み始めてすぐの感想ですが、本書は正義を巡る純粋に「哲学」の話です。あの授業の様子ばかりが誇張されているため、本書もあの授業のようなフランクな内容かと思っていたのですがとんでもありません。功利主義、自由主義といった考え方に加えて、「純粋理性批判」のカント、「正義論」のロールズ、さらにはアリストテレスやケネディ、オバマなどの発言も引用しながら「正義とは何か」という解なき解の探求を続けていきます。「正義を探求する知の冒険」と言えば聞こえはいいですが、その内容は一筋縄ではいかないほど難解です。おそらく一度読んだだけで理解することは不可能ではないでしょうか。

この本では正義に対して三つのアプローチを取っています。
1.正義は功利性や福利を最大限にすることを意味する(最大多数の最大幸福)
2.正義は選択の自由の尊重を意味する(自由こそ善)
3.正義には美徳を涵養することと共通善について判断することを含む

どれも一見正しそうですが、著者は結果的には三番目の立場を取っています。
1では善の定義は人によって異なる、正義と権利を計算の対象とすることが間違っていると言っています。(多数の人の幸せのために、少数の人間が抑圧されたり虐殺されることはあってはならない、ということで納得がいきます。)
また2では尊重されすぎた自由は時に破綻を招く結果になることを示しています。(個人の自由を極限まで尊重すると、個人に税を課することさえ出来なくなります。)
3にはさらにいくつもの考え方があり、自律を美徳とするカントの考え方や「無知のベールに覆われた中での判断」が正義につながるとするロールズの考えなどが展開されていきます(例えば同じ「寄付する」という行為でも、純粋に「寄付する」ことが善行だから行なうのか、「寄付する」ことで自分の評価が上がるから行なうのか、で全く違ったものになるそうです。)。

……いや、難解です。本書は350ページ程度の本ですが、同じ厚さの小説を読むよりも三倍から四倍の時間が必要ですね。しかし本書では、難解な内容を身近な様々な問題を引用しながら説明を試みています。こうして身近な問題に置き換えて哲学の内容を理解することができるため、まだなんとかついていくことが出来ます。それは妊娠・中絶を巡る問題であったり、富の再分配を巡る問題であったり、職業選択の自由に関る問題であったりして、今のアメリカ社会にも「正義」に関る問題が無数にあることがすぐに分かります。

このように「ある考え(正義)を様々な角度から徹底的に検証し、分解し、分析し、その根源を探り、その結果を再び社会に演繹する」という方法は実に欧米らしいですね。日本では物事の根源をそこまで徹底的に探ることはあまりしないのではないでしょうか。物事の根源を突き止め、そこと我々の社会がどのようにつながっているのかを突き止める。この行為は結局は我々の社会を、我々自身を知ることにもつながっていきそうです。

また、本書の一番最後に書いてあった言葉が、私はとても気になりましたので引用してみます。
「この数十年でわれわれは、同胞の道徳的・宗教的信念を尊重するということは、それらを無視し、それらを邪魔せず、それらに—可能な限り—かかわらずに公共の生を営むことだと思い込むようになった。だが、そうした回避の姿勢からは、偽りの敬意が生まれかねない。偽りの敬意は現実には道徳的不一致の回避ではなく抑制を意味することが少なくない。そこから反発と反感がしょうじかねないし、公共の言説の貧困化を招くおそれもある。言説の貧困化とは、一つのニュースから次のニュースへと渡り歩きながら、スキャンダラスでセンセーショナルで些細な事柄にもっぱら気を取られるようになることだ」

……この文章を読んで日本の姿を思い描いたのは私だけでしょうか?まさにそのものの姿が今の我々の前にあるような気がします。
「道徳に関与する政治は、回避する政治よりも希望に満ちた理想であるだけではない。公正な社会の実現をより確実にする基盤でもあるのだ」
…救いは最後のこの文章ですね。


と、ここまで書いて保存したところで大地震が起きました。非常に大きな被害が出ていますが、既に世界の50カ国以上の国と地域から協力の申し出がきているとのことです。
地震などの天災は議論の余地なく、人類が克服しなければならない大きな問題です。そしてこのような問題に対しては「正義」というものの定義が非常に明確になります。このような問題に対しては誰もが非常に取り組みやすいのでしょうね。なすべきことは一つ、正義も一つ、と明確に決まってくる訳ですから。「正義」というものごとの定義は様々にありますが、一つ確かなのは、人は自分が「正義」と信じたことに対してはとても強くなれる、ということではないでしょうか。


本書は「哲学」の本です。従って、書いてある中身はかなり難解ですが、正義を巡る考え方を読み手に提供し、さらに我々の身近に転がる問題を正義の考えに照らし合わせるとどのようになるのか、考えるきっかけを与えてくれます。じっくり読むべき一冊だと思いました。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A


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