タイトル:歌うクジラ 上
作者:村上龍
出版元:講談社
その他:
あらすじ----------------------------------------------
2022年のクリスマスイブ、ハワイの海底で、グレゴリオ聖歌を正確に繰り返し歌うザトウクジラが発見された…。そして100年後の日本、不老不死の遺伝子を巡り、ある少年の冒険の旅が始まる。
感想--------------------------------------------------
村上龍さんの作品です。村上龍さんの作品は「希望の国のエクソダス
聖歌を歌う鯨から人の寿命を飛躍的に伸ばすSW(Singing Whale)遺伝子が発見された二十二世紀、世の中から隔離された新出島に住むタナカアキラは、サブロウとともに出島を出て旅に出る—。
他の作家とは一味違う、独特な作品です。文化経済効率化運動が生み出した荒廃した近未来の日本を舞台に敬語使いの少年、タナカアキラが隔離された新出島から旅に出るところから物語は始まります。戦闘用ロボットに人の封印された記憶を呼び覚ますメモリアックと呼ばれる装置、SW遺伝子、体表から毒液を分泌するクチチュと呼ばれる新人種など様々な要素が取り入れられた近未来の姿は「ブレードランナー
文体も独特です「」(かぎ括弧)を一切使わず、反体制の象徴として助詞の使い方を崩し、一つの段落の文章量が非常に多く、380ページ程度の分量なのですがそれよりもはるかに分量が多く感じられます。ストーリーも非常に独特で、性的描写や残酷な描写が多く、しかもそれがリアリティを持って描かれているため万人向けの小説ではないかもしれません。しかし、そんなことが気にならなくなるくらい、本作には作者の「熱」が感じられます。作者の心の中にある何かが非常に熱く感じられるのです。
物語はアキラとサブロウが追われながらもアンという女性や反乱移民の子孫達と合流して未来の日本を旅していきます。しかしその描写には常に閉塞感と緊張感が漂い、物語を読み進めるうちにこの舞台となる国が紛れもなく日本という国が取りうる将来の可能性の一つであることをリアリティを持って読者に感じさせます。
本書は私は非常に読みにくい本だと思います。決してすらすら読める本ではありません。しかし一文一文、一語一語を丁寧に読み、その意味を反芻していくと非常に深いこの作品の世界に浸っていくことができます。物を見て、認識して、理解する。そういった一連の動作さえも省略することなく正確に丁寧に描いているため、そこから生まれるリアリティが半端ないものになっているのです。
不思議な作品です。描かれている舞台は完全なるフィクションの世界なのに、丁寧に読んでいくとその内容がノンフィクション作品や現実をも凌駕するほどリアリティを持って現れてきます。物語の中には一切の妥協やごまかしはありません。物語を先に進めるための会話や軽い言葉の一つも見受けられず非常な重さを持って読み手の前に現れます。超重量級の作品ですね。やはり村上龍さんの作品らしいです。
今の世の中にある小説は比較的軽い小説が多い気がします。読みやすく、簡単に一時の感動を味わえるという意味ではそのような小説でもよいのかもしれませんが、私自身思い起こすと振り返って記憶に残っているのは司馬遼太郎さんや大江健三郎さん、ドストエフスキーといった、本作のように重量を持った作品が多いです。きっと物語の中に、人の心の根幹に影響を与える何かがあるからなのでしょうね。引き続き下巻も読んでみたいと思います。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
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