読書日記109:海辺のカフカ by村上春樹
タイトル:海辺のカフカ
作者:村上春樹
出版元:新潮社
その他:
あらすじ----------------------------------------------
「君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年になる」ー15歳の誕生日がやってきたとき、僕は家を出て遠くの知らない街に行き、小さな図書館の片隅で暮らすようになった。家を出るときに父の書斎から持ちだしたのは、現金だけじゃない。古いライター、折り畳み式のナイフ、ポケット・ライト、濃いスカイブルーのレヴォのサングラス。小さいころの姉と僕が二人並んでうつった写真…。
感想--------------------------------------------------
「スプートニクの恋人」で御紹介した村上春樹さんの作品です。上下巻で総ページ数1000ページ以上という超大作です。この本を読むのには凄く時間がかかりました。(ネタバレありです。未読の方は注意!)
15歳の誕生日と同時に中野区の家を出て高松の甲村図書館に寝泊まりするようになった「僕」こと田村カフカ。図書館で大島さん、佐伯さんと知り合うようになった僕の枕元には毎夜少女の霊が立つようになる。
一方でネコと話のできるナカタさんは名古屋に向かう途中で星野青年と出会いー。
村上春樹さん独特の不思議な話です。母親に捨てられ、父親に呪いをかけられた「僕」。自分のことを「特別」と言う大島さん。15歳の時に最愛の恋人を失うと同時に時が止まり、今でも過去の想い出の中にしか生きられない佐伯さん。逆に過去のことを覚えられず現在の中でしか生きられないナカタさんー。
本作品の登場人物は皆、何かを失っています。そして失われたものを探そうと”入り口”を探す僕とナカタさんー。失われた場所が存在する場所というのはキャビンの裏の森の中のような案外近くにあるのかもしれませんね。現実の隣に存在するもう一つの”世界”というのは村上春樹さんの作品にはよく出てきます。
「僕」が主人公の章と「ナカタさん」&「星野青年」が主人公の章が交互に展開されていきます。この二つの章は全く別の独自の章として進んでいくのですが、物語の後半で一時だけ交わり、物語に大きな展開を呼び起こして再び別れていきます。また、”象徴”的なキャラクターも多く登場します。父親と資産家の象徴であるジョニー・ウォーカー、情報提供者のカーネル・サンダーズ、門番である二人の兵隊・・・。ぱっと見はこういった奇抜なキャラクターに目を奪われがちですが、こういたキャラクターはあくまで”象徴”ですね。
本作、青春小説であり、恋愛小説であると私は思います。自分の中の多くのものが殺されてきた家を15歳で飛び出し、自分を捨てた母親と姉の影を求めて遠く高松まで旅をし、枕元に立つ少女に恋をするカフカ少年。「カフカ」という言葉にはチェコ語で「カラス」という意味があるそうですね。もちろんあの「変身」で有名なカフカの意味もあるのでしょう。孤独を抱え、内面に住むもう一人のカラスという名の少年が唯一の友達である「僕」=少年はまさに「カフカ」なのでしょう。
本作、静かながらも後半にかけて盛り上がりを見せていきます。特にカフカ少年が母親が自分を捨てた理由を理解し、母親との確執を解消する場面と、最後の大島さんの以下の一言がとても印象に残りました。
「僕らはみんな、いろんな大事なものをうしないつづける。大事な機会や可能性や、取り返しのつかない感情。それが生きることの一つの意味だ。でも僕らの頭の中にはそういうものを記憶としてとどめておくための小さな部屋がある。そして僕らは自分の心の正確なありかを知るためにその部屋のための検索カードをつくりつづけなくてはならない」
まさにこの一言に本作は凝縮されていると言っても過言ではないと思います。この台詞を灯として全体を見直すと作品全体の意味が大分理解できた気がします。
自分たちの旅を終えて新しい人生を出発したカフカ少年と星野青年。その姿はとても清々しく感じられました。青春、恋愛、喪失と再生。いろいろなことが詰め込まれた密度の高い作品でした。傑作です。
総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
この記事へのコメント