2016年07月30日

読書日記603:捨てられる銀行



タイトル:捨てられる銀行
作者:橋本 卓典
出版元:講談社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
「金融検査マニュアル」は廃止、地域の顧客にリスクをとれない銀行は消滅する!新しいビジネスモデルが求められる時代に生き残る銀行とは?金融マン、経営者必読のスクープレポート!

感想--------------------------------------------------
レビュープラス様に献本いただきました。いつもありがとうございます。

本書「捨てられる銀行」は共同通信社の記者による本です。中身は主に森金融庁長官の地銀に対する新方針、改革の三人のキーマン、金融庁ばかり向いて顧客の事業や地域の活性化に貢献しない地銀の有り様、そうした地銀の中でも光る地銀、これからの行方、といった具合です。

読んで感じるのは地銀のひどい状況です。金融庁の挙動には敏感に反応するのに、貸出先が苦境に陥った瞬間、一緒に事業を見直す事もなく、撤退する銀行。ドラマなどでよく見る、泣き崩れる工場の社長を尻目に撤退するスーツ姿の銀行マン、というあの構図です。結果として地域の地場産業は崩壊し、地域は廃れていくー。そんな状況があちこちで起きているようです。こうした状況を打破しようとしているのが森金融庁長官のようですね。融資先企業の価値向上や地方創世に関わるべき、という明確な方針を打ち出し、地銀の改革に邁進しています。

お金を借りた先を支援し、健全な事業経営をしてもらって、利息を返してもらうー。これが当たり前の流れですが、現在の銀行はそうでもないようです。「経営の健全化」を合い言葉に自らの経営だけを考え、お金を貸す事による貢献、という本業を忘れてしまい、まさに顧客から「捨てられる銀行」が増えてきているようですね。しかしそんな中でも光る銀行がいくつか紹介されており、これらの銀行は非常に魅力的に映りました。

もう少し踏み込むと、本書では「銀行が自分たちの業務の「本質」を忘れ「金融検査マニュアル」という「形式」重視に移ったことが悪化の元凶」と書かれているように感じます。いつしか「本質」や「本題」を忘れ、「形骸化」してしまうー。こうした例は銀行に限らず製造業や小売りなどいろいろなところで見受けられるように感じます。つまりは「本質」を伝える事がなにより重要になる訳ですが、ここを見失わずうまく伝えていく方法はないものなのだろうか??といったことを考えてしまいました。「ビジョナリーカンパニー」にも書かれている「基本理念」の伝承ですね。世の流れに左右されず、ここがうまく言っている企業は残っていくのだと思います。

本書を読んでいると、昔のテレビ番組「プロジェクトX」を思い出しました。文章はダイナミックで、金融・経済に詳しくないと読みにくい箇所は確かに少しありますが、それを補ってあまりある臨場感があります。たいへん興味深く読める本でした。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
レビュープラス
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2016年07月23日

読書日記602:ママ、もっと自信をもって



タイトル:ママ、もっと自信をもって
作者:中川 李枝子
出版元:日経BP社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
『ぐりとぐら』の誕生秘話が、ここにある。保育士として働いた17年間、子どもから教えてもらったことは、子どもはみんな「お母さんが大好き」ということでした。

感想--------------------------------------------------
レビュープラス様に献本いただきました。いつもありがとうございます。

ぐりとぐら」の名前を知らない人はいないのではないでしょうか。本書は「ぐりとぐら」の作者で児童文学作家の中川李枝子さんが育児について書かれた本です。

本書は二部構成となっており、第一部は保育園の主任保母として十七年勤めてきたご自身の経験をもとに、ご自身の子育て観について書かれています。戦時中に育ち、戦後間もなく保育園の「主任保母」として働くことになった著者は、幼少の頃からの読書の経験を活かし、育児に邁進していきます。

そして第二部は読者である母親たちからの子育てに関する質問に対して、著者が回答する形式で、話が進んでいきます。まさに今、子供を育てている世代からの質問に、母親として、保母として育児に携わってきた著者の回答が光ります。

全体を通じて考えたのは「時代」という言葉と「本質」という言葉です。著者が生まれたのは戦前であり、戦時中を学生として過ごし、戦後に保母として働き始めています。世代的には四十代である私の親の世代ですね。だからかもしれませんが、著者の子育て論、「子育てに正解はない。お母さんは自分の気持ちに正直に、素直に自然に育てればいい」という論は、私には非常にしっくりときます。また読書に非常に重点を置いている点も同じです。よい本との出会いが人を作る。これもよくわかります。

一方で、実際に三歳児を持つ親としての目で見ると、第二部のお母さんたちの質問というのも非常によくわかります。これはまさに我が家の悩みであり、切実な状況である親にしてみると、著者の回答はどこか安穏として感じられる部分もあったりします。
ただ、著者の回答はどれも非常に本質的だと感じます。「保育園と幼稚園どちらがいいのか」、「PTAでうまくやっていくには」、「子供に辛くあたってしまう」こうした悩みは多くの親がお持ちなのでしょうが、著者はその問いに対してやや一歩引いた視線から、適切な回答を出しているように感じました。

「子育ての時期はあっという間に終わってしまう。だから、子育ての辛い今の時期こそ楽しむべき」

こうしたことを言いたいんだなあ、というのがひしひしと伝わってきました。確かに長い人生を思うと、親と子供が共に過ごす子育ての期間なんてほんのわずかなんでしょうね。このあたりも著者の人生経験からの言葉だと思いました。いろいろな情報が溢れるこのような時代だからこそ、流されず、焦らず、自信を持つこと。それが本書のタイトルにもつながってくるのでしょうね。

あとは本について書かれた以下の分が胸に刺さりました。この言葉も真実でしょうね。

「いくら作家や作品に詳しくても、楽しんでいなくては無能である」

これは本書の著者のことばではありませんが、胸に刺さる言葉です。本を読むことを楽しめているか。それは常に自分に問い続けたいところです。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):A
レビュープラス
posted by taka at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

読書日記601:きいろいゾウ



タイトル:きいろいゾウ
作者:西 加奈子
出版元:小学館
その他:

あらすじ----------------------------------------------
夫の名は武辜歩、妻の名は妻利愛子。お互いを「ムコさん」「ツマ」と呼び合う都会の若夫婦が、田舎にやってきたところから物語は始まる。背中に大きな鳥のタトゥーがある売れない小説家のムコは、周囲の生き物(犬、蜘蛛、鳥、花、木など)の声が聞こえてしまう過剰なエネルギーに溢れた明るいツマをやさしく見守っていた。夏から始まった二人の話は、ゆっくりと進んでいくが、ある冬の日、ムコはツマを残して東京へと向かう。それは、背中の大きな鳥に纏わるある出来事に導かれてのものだった―。

感想--------------------------------------------------
サラバ!」の西加奈子さんの作品です。二〇〇八年の作品ですので、もう八年も前の作品になります。

「ツマ」「ムコ」と呼び合う田舎に引っ越してきた夫婦の周囲にはいろいろな人たちと生き物が集まり楽しく暮らしていた。そしてその二人の関係はムコが東京に行く事で変化するー。

この方の作品を読むと、なんて感想を書いていいのか、いつも困ります。感想を書く事や、要約したり、まとめてみたりする事がふさわしくない小説、という印象をいつも受けるんですね。読みながらいろいろなことを感じ、感動するのですが、それをうまく伝える事のできないもどかしさを感じる小説です。ストーリーだけを書くと、なんて言う事のない話。だけどその中には、簡単には書く事のできない、いろいろなことが、詰まっています。なんていうか、すごく感覚的、って言えばいいのかな?

話はツマの視点の語りから始まります。いろいろな人、様々な生き物との出会い、そして最愛のムコさん。アレチさん、駒井さん、大地くん、洋子、カンユさん、コソク、メガデスなどなど。いろいろな生き物と人はみんなとても個性的で、ツマの生活を彩ります。小さい頃に病気で入院していたツマとそのツマに寄り添っていてくれたきいろいゾウ。幸せである事に人はなかなか気付きにくいけど、いまその瞬間にも幸せはあるんだなあ、なんていうことを感じさせてくれる作品です。

いやー、感想を書きにくい。ツマと、作者のエネルギーが満ちあふれた作品で、読み終わるとなんと言うか、とても元気になり、気付かなかった幸せに気付かせてくれる作品、といえるかと思います。小説のストーリーの作りは、なんとなく「サラバ!」と共通しているんですけどね。とてもいい作品でした。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス
posted by taka at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

読書日記600:生きるための選択 ―少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った



タイトル:生きるための選択 ―少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った
パク・ヨンミ (著), 満園 真木 (翻訳)
出版元:辰巳出版
その他:

あらすじ----------------------------------------------
北朝鮮では、死体が放置される道を学校に通い、野草や昆虫を食べて空腹を満たし、“親愛なる指導者”は心が読めて、悪いことを考えるだけで罰せられると信じて生きてきた。鴨緑江を渡って脱北した中国では、人身売買業者によって囚われの身になり、逃れてきた場所以上に野蛮で無秩序な世界を生き抜かなければならなかった―。「脱北したとき、私は“自由”という意味すら知らなかった」―およそ考えうる最悪の状況を生き延びた少女は、世界に向けて声を上げはじめた。

感想--------------------------------------------------
*記念すべき600回!

脱北という言葉は多くの人が聞いたことがあるかと思いますが、脱北者の実態について書かれた本というのは、まだまだ少ないかと思います。本書は北朝鮮から中国へ逃げ、さらに中国から韓国へと亡命した女性、パク・ヨンミの自叙伝です。北朝鮮を出たのが十三歳のとき。いまでもまだ二十三歳という若さです。

本書に描かれた北朝鮮の実態、脱北先での中国での生活には驚きを通り越して戦慄さえ覚えます。経済の崩壊により餓死する人間にあふれる北朝鮮では、当たり前のようにあちこちで人が死んでいて、死体をよけながら学校に通っていたそうです。病院でも処理できない死体が山積みにされ、草花や虫を食べる生活を送る北朝鮮の人々。そんな生活でも何よりも金一族が最優先され、ちょっとした言動ですぐに収容所に送られる生活。まさに地獄ですが、その生き方しか知らない著者にはその生活こそが普通と感じられます。

脱北先の中国では人身売買の商品として扱われ、信じては裏切られる生活を繰り返すヨンミ。極寒のゴビ砂漠を渡りモンゴルに亡命し、そこから韓国に入るヨンミは韓国でようやく自由を手に入れ、ひたすらに知識を吸収していきます。

読みながら、私は何度も巻頭にあるヨンミとその家族の写真を見返しました。「生きる」というただその一つのためにあらゆる屈辱に耐え、尊厳を捨ててきたヨンミ。生まれた国が違うだけで、ここまで悲惨な生活を送らなければならないのか、と鳥肌が立ちます。読み終えて改めて写真を見直すと、とてつもなく強い家族の写真に思えました。

本書で書かれている「自由」という言葉はことさら重く、心に響きます。まさにその「自由」を持つことを許されない国に生きていたヨンミにとって、「自由」というのは大変価値のあるものであることがよくわかります。日本のようにある程度の自由が保証されている国で口にする「自由」という言葉とは重みが違うのでしょうね。


「人を助けることで、自分の中にずっと人を思いやる気持ちがあるのだと分かった。」


韓国に移り、多くの知識を吸収し、人間らしさを取り戻していくヨンミ。その過程の中で出会う上の言葉は、本当に胸に刺さります。「生きる」という一時のためになんでもやり、他人に裏切られ、時に恐ろしい目に遭ってきたヨンミ。彼女のような人間が、世の中には多くいるのだと思うと、戦慄を覚えます。それと同時に、国家の崩壊というのは大変な犠牲を国民に強いるのだ、ということもわかります。

月並みな言葉ですが、彼女のような人間が、皆、笑顔で暮らせる日が来ることを祈らずにはいられません。ここでも紹介した「そして戦争は終わらない」や「スノーデンファイル」のような事実に基づいて書かれた本には、圧倒的な迫力がありますが、本書もその例に漏れません。北朝鮮の真実、脱北者の真実を知る絶好の書だと思います。




総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス
posted by taka at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

読書日記599:ねじまき少女 下



タイトル:ねじまき少女 下
作者:パオロ・バチガルピ
出版元:早川書房
その他:

あらすじ----------------------------------------------
聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジェイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦“種子バンク”を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞などSF界の賞を総なめにした作品。

感想--------------------------------------------------
上巻に続いての下巻です。上下巻あわせて七百ページ程度です。さすがに様々なSF賞を総なめにした作品、誤訳がどうのと言われていましたが、個人的には気にならないほどの面白さです。

ジェイディーの失脚後、一触即発の状態に陥ったバンコク。そしてさらに遺伝子操作された新人類「ねじまき少女」であるエミコの行動により、バンコクの危機は加速するー。

裏で海外企業とつながる西洋人 アンダースン、イエローカードと呼ばれる排斥された中国人 ホク・セン、ジェイディーの後を継いだ女隊長 カニヤ、そして自由を求めるねじまき少女、エミコ。立場の異なる各人の視点が工作しながら物語は展開していくのですが、その速度はどんどんと増していきます。最後の終わり方も壮大です。詳細に創り込まれたディテールの描写と、壮大なスケールで進む物語。これぞSF、こういう世界を体験したいからこそSFを読むのだ、と感じさせます。また、日本のSFと特に違うと感じるのはそのキャラクターの描写です。エミコへの虐待の描写や、ところどころに発揮されるバイオレンス満載の描写は海外SF特有のものと感じました。

本作の特徴は、何と言ってもその独特の世界観です。エネルギーが枯渇し、メゴドント、と呼ばれる象などの力をゼンマイに蓄積する事でエネルギーを獲得し、風土病により農作物が絶滅の危機に瀕し、それを乗り切るための遺伝子改変された農作物が価値を持つ世界。バンコクのごみごみとした風景をバックに、こうした先進的な科学技術をうまく融合させているところが本当にすごいと感じます。いった事はないですが、どう読んでも舞台は熱帯直下の国、バンコクなんですよね。

排斥されたイエローバンド、滅びた周辺諸国、侵略しようとする日米欧の企業群、そしてその中で利権、自由、正義といったそれぞれの目的を持って行動する登場人物たち。最後の最後で重なり、物語を動かす各登場人物。いやあ、面白いです。日本ではそんなに評価が高くないようですが、それが不思議なくらいです。

本書は本屋の店頭ポップを手がかりに買いましたが、こういうあたりがあるから、面白いですね。また面白そうな本を探してみようと思います。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):
レビュープラス