2016年08月27日

読書日記607:ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉



タイトル:ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉
作者:塩野 七生
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
西ローマ帝国の皇帝位を廃したオドアケルののち、テオドリック、テオダトゥスと、ゴート族の有力者がイタリア王を名乗り、統治を開始した。これに対して、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスはヴァンダル族の支配する北アフリカ、続いてイタリアへと侵攻した。しかし、この17年にも及ぶ東西の攻防のいずこにも、ローマ人の姿はない。ローマ人はもはや地中海世界の主役ではなかったのである。空前絶後の世界帝国は、消え果ててしまったのだ。

感想--------------------------------------------------
ローマ人の物語の最終巻、四十三巻です。ついに最終巻ですね。全四十三冊、感無量です。

最後の四十三巻は「ローマ世界の終焉(下)」ということで、ゴート族に支配された西ローマ帝国と東ローマ帝国のその後が描かれています。オドアケル、テオドリックというゴート族の首領たちに支配された西ローマ帝国に対し、東ローマ帝国には大帝ユスティニアヌスと将軍ベルサリウスが現れます。ローマ法大全を編纂し、西ローマ帝国を再編したことで有名なユスティニアヌス。しかし本書を読むと、再編とは名ばかりで度重なる戦争によりイタリア本土は眼を覆うばかりの惨状となってしまったようです。

戦争の連続で食料が尽き、飢えに苦しむイタリア半島の住人たち。最終巻の本巻では、かつて栄華を誇ったローマが、イタリアが、見るも無残な姿をさらします。徹底して破壊されたミラノの街、そしてゴートの王に根絶やしにされた元老院。息も絶え絶えといった感じのイタリアですね。時代の節目ではどうしてもこのような破壊が起こらざるを得ないのだろうか?と考えてしまいます。

本巻の最後にはローマ時代の硬貨の写真がならんでいますが、必ずしも新しい硬貨の方が質が高い、というわけではないのが面白いですね。硬貨に掘られている時の権力者の肖像を見ると、国が安定していた時代、五賢帝時代などの出来が非常に素晴らしく、衰退期の硬貨の肖像は判読さえ難しいものが多いです。国力は、その国のあらゆる面に表れるのだということがよくわかります。


四十三冊を読み終えての感想ですが、まずはこれだけの作品を書き上げた著者の熱意に感嘆します。最初から最後まで、これだけの分量の作品としては信じられないことに、飽きるということがありませんでした。カエサルのようなヒーローの登場しない衰退期の巻であっても、そうです。これはひとえに、著者の情熱がそうさせているのだろうと私は感じました。どの巻のどのような登場人物についても、思いを持って描いていると感じられました。

そしてもう一つはやはり著者の「主観」ですね。単なる歴史的事実を並べた作品ならばここまで読み切ることができなかったと思います。ここに著者なりの歴史的事実を切り取る切り口、見方があるからこそ、ここまで読めたのだと思います。

本シリーズはローマ人についての知見を深めてくれるだけでなく、歴史全般についての興味を深めてくれる作品でした。読み終えた今となってはさみしさもありますが、それはまた、この著者の別の作品群を読むことで埋めたいと思います。「ギリシア人の物語」や「海の都の物語」など興味をそそられる作品はやまほどあります。また読んでみたいですし、本シリーズで描かれていたローマ世界とどのようにつながっていくのか、楽しみでもあります。



総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):いくつSがあっても足りません
レビュープラス
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2016年08月20日

読書日記606:「子供を殺してください」という親たち



タイトル:「子供を殺してください」という親たち
作者:押川 剛
出版元:新潮社
その他:

あらすじ----------------------------------------------
自らは病気の自覚のない、精神を病んだ人を説得して医療につなげてきた著者の許には、万策尽きて疲れ果てた親がやってくる。過度の教育圧力に潰れたエリートの息子、酒に溺れて親に刃物を向ける男、母親を奴隷扱いし、ゴミに埋もれて生活する娘…。究極の育児・教育の失敗ともいえる事例から見えてくることを分析し、その対策を検討する。現代人必読、衝撃のノンフィクション。

感想--------------------------------------------------
ショッキングなタイトルに手に取ってみました。本書は精神障害者移送サービスを営む著者が、その体験を通して統合失調症やパーソナリティ障害に陥った子供たちやその親の事例、さらにはそうした人々への社会的なサポート体制、法的整備にまで言及した本です。

「子供を殺してください」というタイトルはやや大げさに過ぎるのではないか、と感じていたのですが、読み始めてすぐにその感覚が誤りであることがわかります。本書で紹介されている事例で扱われている人々は本当にぎりぎりのところで患者である家族と向き合っています。

入院した子供から「殺すぞ」という脅しの電話が日に何十回もかかってくる家庭、刃物で切りかかってくる息子、徹底的に両親を束縛し自由を完全に奪い取る息子とその言いなりになる両親。この本で紹介されている家族の有り様に読んでいて絶句します。精神的にも肉体的にも経済的にも追い込まれていく家族は、いまの日本では増えているそうです。

本書ではそのショッキングな数々の事例の紹介の後に、いまの社会的なサポート体制や、診療報酬の観点から患者の受け入れを拒む医療施設、改悪ともいえる精神保健福祉法の改定について説明していきます。なにより恐ろしいのは、本書の事例でも紹介されているような、明日にも凶悪犯罪を引き起こしかねない患者を「地域でサポートさせる」方向に法律が変化している点です。結果として、医療機関は手を引き、地域行政は患者を持て余し、事件を起こして初めて警察に引き取られる、ということになるようです。これまでにもこのような行政・司法の在り方が原因で失われた命もあるのかと思うと、本当に残念でなりません。先日の相模原での痛ましい事件についてはどうなのでしょうね。推測の域を出ませんが、あの事件の加害者も「いつか何か起こす」と周囲から思われていたようですので、この例の一つなのかもしれません。

本書の最終章では、「本人に問題があるケースでは、多分にしてその家族にも問題があり、家族も含めてケアすることが必要」と書かれています。先日紹介した「言ってはいけない」では本人のパーソナリティの八割近くは遺伝的な要素で決まるとのことですが、逆に言えば残りの二割は環境要因で決まるわけで、家族の有り方、協力、心の持ち方は非常に重要であることをしみじみ感じました。

本書で著者は、対象者をスムーズに医療や福祉、司法に繋げるための警察官OBによるスペシャリスト集団の設立を提唱しています。公の施設ですとなかなか介入しにくいところにもこうした組織なら介入できると思いますので、ぜひ設立すべきかと感じます。

本書では数々の事例が扱われていますが、その事例に共通していると感じたのは、「どのケースでも家庭は比較的裕福である」ということです。だからこそ、著者の運営する施設に相談に行けるのですが、逆に言うとどこにも相談できず、経済的にも破たんしている表にも出てこない家庭というのが多くあることも容易に想像できます。あとがきにも書かれている通り、「個」の尊重が優先される今の時代、こうした本当に支援が必要な人にこそ公の支援が届くようにならないものか?と思う次第です。


総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス
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2016年08月13日

読書日記605:言ってはいけない―残酷すぎる真実―



タイトル:言ってはいけない―残酷すぎる真実―
作者:橘 玲
出版元:
その他:

あらすじ----------------------------------------------
この社会にはきれいごとがあふれている。人間は平等で、努力は報われ、見た目は大した問題ではない―だが、それらは絵空事だ。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、人気作家が明かす「残酷すぎる真実」。読者諸氏、口に出せない、この不愉快な現実を直視せよ。

感想--------------------------------------------------
本書は最近のベストセラーとなっていた本です。面白そうなので買ってみました。

ひと言で言ってしまうと、「人間はほぼ遺伝子に支配されている」ということを様々な事実や研究データをもとに示した本です。身体能力はさることながら、知能、疾病、犯罪歴、などなど、人生の大半は遺伝子に支配されているー。つまりは人間は生まれながらに平等でもないし、努力すれば必ず叶う訳でもないということを、明確に示した本です。まさに「言ってはいけない」わけです。

「努力は遺伝に勝てないのか」、「あまりにも残酷な美貌格差」、「子育てや教育は子供の成長に関係ない」の三つの章からなる本ですが、特に興味を持って読んだのは最後の「子育てや教育は子供の成長に関係ない」ですね。親として当然、興味を持つ箇所ですが、本書によると知能や音楽、スポーツといった能力はほとんど遺伝に支配され、唯一影響を及ぼすのは子供の所属する友達グループですが、親の教育効果はほとんどないと書かれています。親のできる事はあまりに少ない、親からの教育はなんなのか、、、と思う反面、自分が子供の頃を思い出すとなんとなく納得したりもしますね。親としてできる事は子供の可能性の芽を潰さない事と、子供の可能性に気付いてあげる事、この二点ぐらいなのだろうな、と感じます。才能は自ら開花させるものなのでしょう。

「人の行動の大半は遺伝子によって支配されている」という本書の主張には納得できる面もありますが、一方で遺伝子の呪縛から逃げ出す事はできないのだろうか、とも考えてしまいます。人は誰しも自分が快適だと思う環境や、趣味・思考も異なりますが、これも遺伝子の傾向によるのだろうか、とか、その趣味思考から逸脱できないだろうか、とか考えてしまいますね。事実であっても少し不気味に感じてしまいます。

『社会的な動物であるヒトは上手にウソをつくために知性を極端に発達させ、ついには高度な自己欺瞞の能力を身につけた』

本書のあとがきに書かれている文章です。ヒトは実際には遺伝子に支配されていて、その好悪や趣味、思考なども遺伝子レベルで決定づけられているのに、その説明や言い訳だけのために理性を働かせているー。このようにも読めますね。理性は全く役に立たない訳ではない、とその後に書かれていますが、ヒトはその行動の多くをどうしようもない遺伝子レベルに支配されているのだ、と思うと、少し気が楽になったりもします。「あの人のあの好意は遺伝子がそうさせているのだからしょうがない」っていう感じでしょうか。

本書の主張は、「遺伝子によってヒトはデザインされていて、生まれながら不平等である」という不都合な真実に目を背ける事なく、逆にそれを受け入れた上で、違いを認める社会を作り上げた方がいい、というものです。納得はできる一方で、遺伝子的に弱者となってしまった人たちに取っては救いがない、とも感じます。

この著者の本は面白い本が多そうです。また読んでみようと思います。

総合評価(S・A・B・C・D・Eの6段階評価):S
レビュープラス
posted by taka at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする